パンを比較して大きさを自慢されたのなら、『少し寄越せ』と述べても構わない。

　守るための力が必要だ、と彼の者は告げた。
　手段は選ばない、ただそのための力を欲するが故にと。

　立場が立場でも、私に彼が責められようか？
　あの石の者と同じだ。
　敵であるが、覚悟は皆一様に――私は？

　私はどこまで覚悟ができていたのだろうか。
　砂の世界は、いつでも命を狙われるだけの環境下に居た。
　ここは存外そうでもない。そうお祖父様にも言われてすっかり安心していた気持ちもある。

　知っている限り、城内以外は安全が大方確保されている。
　勿論この時勢だ、いつ襲われてもおかしくはないにしても、
　結構長閑な雰囲気の場所も多い。

　物見遊山のように参戦する者が居るのもまた事実。
　言うように、その気になればいつでも元いる世界に戻れるだろう。
　部外者にとって、命を賭すまでの戦いかというと。

　いや、そういった者を責められる訳じゃない。
　かといって彼らのような立場の者を責めるのも、
　易い話ではない。

　『それでもこの世界の力になれたらと私は思います』。
　その前に、思い悩む我が主殿も何とかしてあげないと。

　ここでも和解しあおうなどと思ってはいけないのだろう。
　力で押し通るしかないのだ。
　正義の対にあるのは正義でしかないとお祖父様が言っていた。
　
　ここではころすまでに至らず済んでいた。
　でもまたどこかでころさないといけないのか？
　命のやりとりを望む自分と、未だ怖れる自分がいる。
　

　見据えられれば小首を傾げてナスルを見返す。
　笑顔は変わらず、どこか楽しげに。

　その言葉は恐らくいくらでも反論できるもの。
　けれど、どこか遠くを見る彼女にとっては恐らく真理。

　たとえ体が傷だらけでも、手足の見えるところさえ隠してしまえば。
　不要な心配もかけないんじゃないかしら。その方が生きやすければだけどね、とアラトは笑った。

　コノエもそれ以上は何も言わず大人しく手を包まれている。
　羨ましげに見つめる目と、ゆっくりと手を覆ってゆく魔力に目を細め。
　普段通りの冷笑とも作り笑いともとれる顔が、真に笑い――微笑んだのがナスルに判ったかどうか。

　それは間違いなく騎士の本音だったようだ。

　ナスルが好きになれそうな神様よね、とアラトは微笑んだ。

　食欲を刺激された様子にくすくすと声を上げる。

　顔をしかめ首を捻る様子にあぁ、とコノエが声を出した。
　女王も同じ考えを共有したらしくぽんと手を叩く。

　そう言って右手に一振りの剣を出現させる。
　刃も赤ければ鍔も柄も全てが赤い、のっぺりとした不思議な剣だ。

　そこまで積極的に口を開かない近衛騎士の謎の力説であった。

　そこから続く言葉は恐らく予想外だろう。

　腹下しの呪いにはまぁ怖いとあながち大げさでもなく驚いてみせた。
　日常生活の支障という意味では恐らく最大級だろうと。

　むにょんむにょんと楽しげにナスル頬を伸ばして遊んでいる。
　そうしているとその辺の少女とあまり変わらない。
　そしてふと、思い出したように。

　とむにむにを続行しながら聞くのだった。

ナスルのいう弟からの暴力が多い、という話に
ふむ と相槌を打つ。

冗談粧して、話題を濁す。

殴り合いたい等と物騒なことを
笑顔で言うナスルに、ネイベールは困った様に肩を竦める。

突然の話題に水を吹き、ナスルを慌てさせてしまったが、
ネイベールは大丈夫だよ、と手で示した。