宿舎のキッチンに顔を覗かせた先生へ、薄力粉をふるいにかけながら答える。


私は時々、他の一揆参加者の為に料理を作っている。


騒乱の最中なのに、暢気に料理だなんて…と 思うひともいるかもしれない。
けれども こんなときだからこそ、せめて料理くらいはきちんとしたものを食べたい。食べて貰いたい。

別に、豪勢な、特別な料理を作りたい訳ではない。そのひとが普段食べていたものと変わらない料理を。
いつか この混乱が治まったときに、帰る場所を思い起こさせる…　穏やかな暮らしを想い描いて貰える…


こんなときだからこそ、そんな料理を供することができたらいいな…　そう、思って。

ふるい終わった粉にバターと塩を加えて、ヘラでざっくりと切るように混ぜ合わせる。

「そんなものね」と返事をしつつ、混ぜ合わせた生地に少しずつ水を加えて、粉全体をまとめていく。


ほどなくパイ生地は出来上がり、生地を伸ばそうとした…が。

生地が出来上がってすぐに麺棒を手にした私を、先生が見咎めた。

私の思い違いに、呆れた様子の先生。

そんな意味があったなんて…　言葉に詰まる。

気を取り直し、生地を一旦片付けて、具の準備に取り掛かる。
牛肉に玉葱、じゃがいもと蕪が定番の具材だ。

玉葱は薄切りに、牛肉とじゃがいも、それに蕪は大き目の角切りに。
刻んだ具を、ボウルに移してゆく。

風味付けにパセリを加え、塩と胡椒、そしてウスターソースで味を付ける。これで具は完成だ。

時計を見ると、生地が出来上がってから30分ほど経っていた。
『 寝かせる 』 のは、このくらい待てばいいのだろうか…？


生地を取り出して台に軽く打ち粉をし、麺棒で生地を伸ばしていく。
少し厚めに仕上げ、型を抜く。

型抜きし、台に広げた生地の大きさを見て、先生が呟く。
確かに コーニッシュパイは、他のパイよりもひと回りかふた回りは大きい。

生地に具材をのせて、ふちに卵液を塗る。
空気を抜くようにしっかり閉じて、半円形に折り込んで行く。

空気穴を開けて卵液を塗り、オーブンでじっくりと焼き上げてゆく…

急に、先生の様子がおかしくなった。不安そうな面持ちで、私とオーブンを交互に見つめている。
オーブンの火加減がマズイと言いたいのだろうか…？　確かめてみたけれども、特に異常は見当たらない。一体、何を…？






ああ、そうか。

にわかに表情が明るくなり、歓喜の声を上げる。
どうやら先生は、皮しか貰えないのではないか？と気がかりだったようだ。

嬉しそうにはしゃいで、オーブンから漂ってくる香ばしい匂いに 鼻先をひくひくとさせる。

パイ生地は 次第に色づいて、膨らんでゆく。
甘く濃厚なバターの香りが キッチンを満たしていった。