冷たい空気。石造りの壁と床。豪奢な赫が奥へ奥へと道を造る。
　壁にはもの珍しい異形のぐちゃぐちゃがひとにかしずかれる絵がたくさん描かれ、それは赫と共に奥へ奥へと続いていく。

　ここは、２階廊下。
　王城の廊下の階段を少し上がった、とっても豪華な通り道。
　すくなくとも、ボクにはよほどであっても縁がない、とっても豪華な通り道。

「……」
「……」

　そんな中で。
　ことばを交わすふんいきどころか空気もゆるさない約２名が、だまって赫い道を進んでいた。


　ええ、たしかにゆうとおりでしたよ、みなさんのゆうとおりでしたよ。
　な〜んかいうことばに要領えないと思ってたんだよ、マシェもキョウも。
　あの様子だとたぶん他の何人かもしってた気がするよなあ……アタマくる。

　多分千巌にかんしては、”いなくなった”っていうだけで、どこにいったか、まではしらなかったっぽいけど、さ。


　何のことかって？
　もちろん、サヤのこと。


　キョウをぶん投げてそこそこに、千巌の気配を頼りに訓練場へと戻っていく。
　ボクが着いたときには千巌が槍を空に向かって振って大声だしてただけだけど、程なくどこからともなくふわりとマシェが現れる。

　めずらしいな？　って思ったんだ。ふしぎな現れ方はしたしやっぱりというかなんというか怪我も全然してなくて無事で幻想的で。
　でも現れてストン、と地に降りたとたんにダッシュで千巌の背中にぴたっとくっついて、「こわかったにゃああああああ」って泣きついた辺りで、「あ、うん。やっぱりこれがこわがりマシェだよ、なあ……」とは思ったりして。

　知らない相手といっしょにいるの事態ダメなんだっけ？
　まあ、うん……。
　ちょっと、虫の居所が悪かったからと言って、ガンスルーしたのは悪かったかもしれないとか、思いはした。

　速攻、そんな考え吹き飛んだけどさ。

「おっ、サヤ！　良かったサヤにも聞こえたんだな！」
「お、おかえり。……おかえり」

　後から来た、黒い服の女の子の姿を見て誰か確認した、その瞬間に。


　見た瞬間、そっこーとんでは顔面を狙って殴りかかるものの、そもそもサヤとは倍くらい身長差あったりしたわけで。
　見下ろすサヤにはさっくり避けられ、次の瞬間千巌にがっしり後ろから羽交い絞めされ宙に浮き、止めようとボクとサヤの間に割って入ろうとしたマシェには怯えられてガタつかれ。


　見下ろされたその状態で、ひとこと「……ごめんなさい」とだけ、呟かれた。


　その後の会話なんて、一切なし。
　ボクは話さないしサヤも話さない。お互いに話自体は聞いているみたいだけど口は利かない。
　いつもどおり・いままでどおりと言われたらそれまでだけど、明らかに以前とはふんいきもふわつく空気もちがう。
　単にしゃべらない会話しないならいつも通りなのだけど、あからさまな壁があるというか交わる気なんざない！　な感じ。
　どの程度かと問われたら、空気におびえてマシェが千巌の陰に隠れてる、普段ふわついているユノも油さしの中に引っ込んでる。

　そういうレベル。

　そんな中でも空気読まずに元気なのは千巌なわけで。
「サヤ、ちょっとやつれたか？　力が少し減ってる気がするぞ。農場の連中に酷い目に合わされたのか？」
「……」
「でもサヤ。見たことないエンブリオとケイヤクしてるっぽいな！　それはどんな感じなんだ！　つよいのか？！」
「……」
「ま、いっかっ。あんまり話したくないなら無理に話さなくていいぞ！　千巌は勝手に話すけどなっ！」

　だいたいこんな調子。
　話しかけられどころかさわってほしくなさそうなふんいきなのに、千巌はそんなのおかまいなし。

　大概のあいづち役であるマシェがおびえて口を閉ざしていて、ユノも外に出ていない。
　だから結果的に千巌がひとり、やたらめったらひとりでことばをまくしたてる形になっている。

　いや、やたらめったら、ではない、かな……？
　さっきからぴょんこぴょんこ、サヤの廻りを飛び跳ねながらしゃべってるもんな。


　へこたれないだけで。


「ところでな、この訓練場をずーっといくと、前に会ったラズロっていったか？　なネクロマンサーに会うみたいだ！
　アイツが連れてる死の精霊ともケイヤク出来るらしいし、その先にはでっかい龍が住んでるんだってさ！！」

　でも、この中で千巌以外の誰がさわるんだ？　ていわれたら、まあ千巌がやんなかったらそれこそ誰もいないよな……とは、思う。
　サヤに何があったか・どこにいたかとかを聞いた後のボクだって、しょうじきサヤにさわりたくない。

　本人が話してないから本当かどうかは知らないけれど。
　サヤは水辺の女神の園で、“ふぐのてんし”に襲われて農場にかんきんされてたらしい。
　ふぐって、あれだよな……かわのぶたっていわれてる、ぷっくりしたふとったさかなだよな……？
　キエメに会いに空の道へむかって、空に流れるすきとおる水からぴょ〜んとでてきたイキモノたちと相対したマシェや千巌のふたりでも、すんででにげられそうになったくらいすごかったのだっていう。
　だから、まあ女神の園――れんがの水路なら、サヤを襲ってくるよーなでぶなのがいても、わからなくはない、の、かなあ……。


　ふぐって毒もってたしね、たしか。


　でもマシェからそのことを聞いたときは、なんかへんだな？　を感じたんだ。
　だけどそのときは、そのへんだな？　がなんなんだろうって思うこと以上に“いのちの価値をかんきんされちゃったんだ”っていうがっかりと、“ボクを突き飛ばしたんだからいい気味だ”っていうのとのが、勝っていた。
　だから、その“へんだな”はすぐに、千巌の声に飲み込まれていった。

「そういやソウは、前に王城の２階でまいごになったんだっけ？」
　うぐ。なんかいきなり話題の矢がぷすり。こっちとんできたぞ！？
　……そーですよー、何度かあか〜いなが〜いのがあるごうかな場所にまいごになりました〜よ〜……。
「そこを通って上の階にはパラダイスとケイヤクしてる強い黒騎士がいるんだってな、ソウはみたのか？」

　なんだかしゃべるテンションに乗ってきたのか、楽しそうに話しかけてくる千巌に対し、ゆっくりボクは首を横に振る。
　いや見てません、上の階段まだ見つけてないし……。

　いや階段はみたかも？　でも階段の影だってもうちょい先だったし上の階までまいごってはいないし……。

　でもそんな否定の動きもボクの考えてることもお構いなしに、ハイテンションのまま千巌は続けていく。
「パラダイスってメルンテーゼのネクター奪っていった新しいおうさまのことだろ？　そいつとケイヤクしたその黒騎士はすっごく強いって聞いたんだ！　そいつに千巌は会ってみたいな、そして倒してみたい！　そいつが護ってるその先にも行ってみたいぞ！！」
「……どこですって？」

　飛び跳ねハイテンションな千巌のことばに即応して、ぽつり発せられた通ることば。
　みな何も打ち合わせたわけでなく、ふと足を止め、言葉を発した相手へと視線が向く。


　ずっと押し黙っていたサヤが、とうとう千巌の話題に乗ってきたから。


「あ、サヤも興味があるよな！　一揆に参加してるもんな、パラダイスの名前が出たのは気になるよな！」
「……ええ」
「ソウが前にまいごになったっていってた、まっかな敷物……」
「た、たぶん、大絨毯……だと、おもう……にゃ」

　サヤが会話に入ったことで、ぴちっとした壁みたいな空気が壊れたから、マシェもおそるおそる会話にフォローを入れはじめる。

「そうそう、まっかな大絨毯が敷き詰められてて、ぐちゃぐちゃの絵……多分レリーフだな、が飾られてるとこがあるんだ。
　で、ソイツはその上の階にある大広間を護ってるやつらしいんだ。千巌とマシェは聞いただけでそこまでの行き方もわからないから、行ってみるならソウに案内してもらわないとな！」
「そうね、ちょっと行ってみるわ。でも皆で行って“はずれ”だったら時間の無駄ね。だから、私と、ソウだけで」
　ん？　ちょっとまて、なんかおかしい流れになってない？！
「ん、千巌は千巌で違うトコに用があるからな、それでいいぞ。じゃ、がんばれよ！」


　って、げ。

　いつもみたいに、会話にまざってなかったら。
　いつのまにか、よりにもよって、ボクは、サヤと、ふたりきりに、させられるはめに、なりました。


　そして、王城２階の廊下まで、てくてく無言でご案内。
　道中会話なんて、いっさいなかった、ボクとサヤ。
　よくもわるくも空気読まない千巌じゃないし、わいわいきゃぴきゃぴ話すことなんて、いっさいないしなあ……。


　つーかそもそもさわりたくない、サヤに。


　そんな静寂をぶち壊してくれたのは、しゃくに障る笑い方をする灰色のやんでるへんなおじさん。
　こいつがいってる“隠者マルクスバレッジ”って、たしか千巌の守護者だっけ……？

　違ったっけ、逆だっけ？　とにかくなんだかむだにさわがしい。

　もう一人の緑っぽいおじさんが“病んでる”っていってたけど、なるほどびょうき、って思えるくらい、やんでる。
　ウルドスピンって、なんだか、わからないけど、なー……なんだろ、初めて聞いた。

　でもそうしてたら、いきなり空気が震えてずらっとおんなのこが勢ぞろい。
　緑っぽいおじさんも、ぴりっとしたへんな空気になって眉間をぐにっとおしている。


　とりあえず、バカなことに、巻き込まれたのは、間違いなくなりました。


「……こんな茶番に、足止めされてる場合じゃないのよ……っ」
　無言で構えたそのときに、となりから零れ落ちたことば。
　そのなかに、なんだか以前とは違う、へんな焦りがあるような気が、したんだ。

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。