大ぶりの緑の羽根が埃の中へらりと落ちる。

「――――いつからだ！それは――――いつからそうなった！！」
数日前からだろうか、カカがこそこそとマァムブのどこかへ姿を隠すようになったのは。
銃口の先には姿勢を崩し後ろに倒れたままのカカ。
そしてその片手は、首の大きな首輪にかかったままだった。

まるで、己の意思でそれを外そうとするかのように。

「何で！何で何ともねえんだよ！！」
一発、二発、弾が体を掠めるたびに羽根が舞い、赤い血が床に散る。
新しい弾を込めながら、レグルスはあきらかに動揺していた。
レグルスとカカの主従を成り立たせていたのは、この首輪。
主人の命令に逆らえば、奴隷の体に耐えがたい苦痛を与えるはず………

首輪を外そうと手をかけた時点で、そうなるはずなのだ。

ゆっくりとカカが体を起こす。首輪の鎖が触れ合う冷たい音が響いた。
いつもどおり、ゆるい動作で表情のわかりづらいカカ。
一度声に出してしまったら、焦りは増してくるばかりだった。
いつから？なぜ？だったらどうしてこのままここに？
「…やめて。乱暴は、やめて、ください」
弱々しいけれど、落ち着いたカカの声。

「…この後私を、どう、するんですか」
今迷っていることそのものを問われて、レグルスの思考が止まる。
殺すんだ。殺すしかない。
今まで虐げてきたぶんの恨みが、こいつにはあるはずなのだ。奴隷として扱われ、使い捨て同然の待遇を受けてきた自分には、カカの憎しみが痛いほどに分かる。体力ではレグルスよりもはるかに上なのだから、わざわざはずさなくても、いくらでも反撃に出られるはずである。
けど何故。首輪の呪縛から逃れたのに、カカはレグルスのそばにいたままなのだろうか。例えば逃げる気があるのなら、外部の者が何度も出入りするような先日までの状況なら、いくらでも可能だったはずだ。

わからない。自分にはこいつがわからない。
両手で銃を構えたまま、ガラス玉のような瞳をじっと見つめる。

「…怖いんじゃないですか」

「――――っ誰が、」
「違いますよ。私を殺すのが、じゃありません。
私がいなくなった後、いままでどおりあなたが戦えなくなるのが、怖いんじゃないんですか」

「昔とは違う！！オレにはエンブリオがある！！
身一つで戦ってたあの頃とは全然違う！！
てめえなんかいなくたって、オレは戦士として戦ってみせる！！」
「レグルス、ずっと戦士になりたかったんですよね」
「…！」

「だから、誰かと肩を並べて戦えるのがとても嬉しくて」
「黙れ！おまえに何が分かる！！」

視界がゆっくりと滲む。レグルスはいつのまにか涙を流していた。
覚悟を決めたように、座り込んだまま、カカは動かない。
ふたりの間に、いやに冷たく重い、じっとりとした空気が流れていた。

それは、極々唐突に切りだされた。

食料庫でのこと。

狩りでとれた獲物を仕舞いこんでいる時に入口側から声をかけられた。
煙草を吸い、入り口より内側に入ろうとしていないところから偶然通りがかっただけのようだ。

どうなの？

と、煙を燻らせながら問いを投げかけられた……。

　

なんとも楽しそうである。

質問を投げてから、ぎい。と椅子を揺らす。
背もたれに手をかけて振り返れば、機嫌の悪そうな顔が見えたが、
態々表情にまで口を出すような場でもない。

透明なはずの液体は、紙に筆が乗せられた一瞬ばかり黒く染まって
乾くに従い、色が薄れてまた透明になっていく。

机の上には拾ってきた素材がごったがえしており、
どうやら男がこなしているのは付加の仕事らしかった。

会話の合間に、骨皮の指が手元でマッチの箱を玩んでいる。

返答にいくらか間を挟んで、そう話を続けかけて、
がたん！という大きな音に軽く眉を上げた。

「辿りつけるかは兎も角」

レグルスが出て行った後の作業経過を見下ろして、
浮かんできた言葉を呑み下した。

数分後。あの捨て台詞の勢いでは、
まさか戻ってくるとは思わなかった、という顔で、
煙臭い部屋の主はレグルスを出迎えた。

問われれば、得心の頷き。
去ろうとする店員を呼び止め、同じデザートを注文する。
店員の背中を見送りながら、話を再開した。

ごぶり、ごぼりと小さなエンブリオから泥が溢れ、大男程度はある泥人形になる。