関係ないヤツは誰も、それが見知った顔であれば尚更巻き込みたくはなかった。
だが現実は、そんな俺の望みとは逆方向に進んでいく。

「…化け物がいるっていうなら、尚更放っておけるわけ無いじゃないッスか」

ああ、首突っ込んで来やがる。……クソ正直に話すんじゃ無かった。
ミクネは俺に応急処置を施し始めた。一揆に参加してるだけあって、手際は悪くない。

「…それに、この近くであたしの仲間と待ち合わせをしてるんスよ。…その人ならもっと上手く傷の処置ができるはずッス。…だから」

応急処置を終えたミクネは、そう言って俺を見つめてくる。
それは、眩しいほどに真っ直ぐな視線で。

「一緒に行きましょう、サイネルさん」




「……そう、だな。お前はそういうヤツだったな」

真っ直ぐに見つめてくるミクネから目を逸らす。
自分ではあまり分からないが、多分気の抜けたような顔をしているのだろう。
しばらく”微温湯”に浸かっていた所為だろうか…俺も随分と甘くなった。

――そして俺は、心を決めた。


『…だからこそ、騙し甲斐があるってモンだ！』

ああ、これでいつも通りだ。それでこそ俺だ。俺は嘘つきで、臆病なんだ。
怪我した方の腕で、痛みを省みずにミクネの腕を強く掴む。
自然治癒の痛みと、傷の開く痛み。その両方が俺の腕を襲う。決してそれは顔に出さない。
いいや違う。痛くなどない。そうだ、痛くない。痛くない。

『結構根に持ってんだぜ…あの時テメェを食い損ねた事をな』

あの時、本当にミクネを狩るつもりだった。そうだ…俺は最初からそのつもりだったのだ。

『なぁ…教えてくれねえか？狩られる側の気分を、よ！』

「…！」

そのままミクネを木に叩きつける。体格的の地力ならば、抵抗を許さずにソレを成すのは容易い。

「…ｯつぅっ…！」

小さなうめき声を上げるミクネ。俯いて咳き込んでいる。
嗤えるほどに愉快な眺めだ。そうだ、もっと苦しそうに喚け、呻け、慄け。
だが、ミクネは…

『こいつ……』

ミクネもまたもう片方の腕で、俺の腕を強く握り、離そうとしない。抵抗する気なのか、こいつは。
…どうやらまだ痛めつけられたいらしい。
ミクネに腹部に向けて拳を振りかぶった、その時だった。

「…なっ…んで、」
「なんでそんな、嘘をつくんスか…」

息を荒くしたまま、搾り出すように言葉を紡ぐ。

「今のサイネルさんの眼は…すごく迷っていて、悲し、そうで……さっきだって先に眼を逸らして…ｯ」

……は？俺が迷っている？悲しんでる？何が？何にだよ？急に何を言い出すのだコイツは。

１度顔を上げるも、そこまで言ってまた顔を俯け、咳き込み始める。

『……ハ！テメェが何言ってんのか…まるで…理解できねーな』

搾り出すように嗤う。ああ、我ながらヘタクソな演技だ。
もう片方の手から融合させたローバルを出し、形状を操作する。
俺はそれを仮面の形に固めた。そして、俺の顔に被せる。

「………」

何か気の効いたセリフを言おうとした。……何も、浮かばない。

『…チィッ！！』

ようやく口にしたのは言葉ではなく舌打ち。ミクネを地面に叩きつけるように振り解いた。

「…っ」

振り払われるのがわかっていたのか、地に叩きつけられながらも、上手く体勢をとる。

「…"わからない"、…それはこっちの台詞ッスよ…」

その声には、どこか怒気が込められていて。

「わかってるんスか、…いや、1番あんたがわかってるはずッス。…サイネルさん。…このままだと、あんたは死ぬかもしれないんスよ。」

ゆらっと立ち上がるミクネ。それがどうした。俺はハナっから命を懸けている。
誰一人守れない俺、無力な俺など…それこそ”死んだ方がマシ”だ。だから俺は、俺を罰《ﾋﾃｲ》する。
ミクネは言葉を続ける。

「少なくともサイネルさんは死ぬつもりがない。なら、あたしを利用してでも生きるべきじゃないんスか、」

『…余程殺されたいらしいな』

やめろ、早く逃げてくれ…俺の事なんざ放っておけ！
それ以上俺に近寄るんじゃない…！


「あたしに恨みがあるなら、邪魔な存在なら、さっさと得物を使えばいいのにそれもしない、」

『テメェをじっくりいたぶりたいだけさ。勘違いすんじゃねえ』

徐々に間隔は狭められていく。

「今だってその仮面で素顔を隠して、感情を読まれるのを恐れて、何も言えないでいる…」

「来るなっつってんだろ！！」

ついに、俺の目の前まで来られた。
体がうまく動かない。俺は何を恐れている？

「…お願いだから、素直に助けを求めて…、いや…あたしを利用してください、サイネルさん」

そう言った後、さっきまでの糸を張り詰めたような表情がふっとゆるめ、

「あたしは大丈夫ッスから、」

ミクネは、はにかむような笑みを浮かべながら手を差し伸べる。
俺はその姿に、かの少女の面影を見て……

「化け物と戦うのは、慣れてるッスから」

―――待て。今、ミクネは何と言った？
"化け物と戦うことには慣れている"？ こんな年行かぬ少女に、一体誰がそのような重荷を課した？

目の前の少女に…こんな優しい子に、一体何を背負わせた？ これ以上何を背負わせるというのだ。
一瞬でも揺らいだ自分が情けない。

誓ったハズだ。 二度と”あの子”を死なせないと。 その代わりに俺が死んでやると。


「……自惚れんな。俺を嘗めんなよ…”ミクネ”」

仮面を外す。もう迷いは無い。そんなクソ喰らえは全部俺が背負ってやる。
無茶だとか、人の身に余るだとか、そんなモノは最早関係ない。根拠など何も無い。
やらねばならない。ただ、それだけの事。

「俺は一人でも平気だ。最初からそう言って……」

言い終える前に、巨大な影が俺とミクネを包んだ。


俺達のいる場所、その上空から飛来するモノ。
雄々しい翼は大きく打たれ、黄金の甲殻は煌めく。鋭い爪の目立つ四肢に、太い尾がしなやかに揺れる。

―――見間違えるハズは無い、ヤツだ。

紅色に染まる瞳が、殺意を以ってこちらを見下ろす。

「グオオオオオオオオオオンッ」

大地に吠える黄金の竜。

「……っ？！」

「……お出ましかよ、クソバケモンが」

身震いするミクネ。俺は黄金の竜を睨み返した。

「クライさん……？！クライさん！！違うんス！！この人は怪我をしてるだけで！！！」

何やら焦った様子で、ミクネは竜に向けて叫び続けている。だが、竜の方はと言うと全く聞き入れている様子がない。

ミクネは”アレ”に敵対的ではない。ヤツに騙されているのだろうか？
兎に角今は飛来してくる化け物をどうにかする事が先決だ。

（今の傷じゃあ勝機は薄い。それに……）

何よりもミクネを逃がさなければならない。
ミクネが臨戦態勢でない以上、頼れるのは自分だけだ。

俺は叫び続けるミクネを肩に担ぎ、深い森の中へと姿を晦ました。

「！？」

驚いたように深く翼を打つ竜。風はいっそう荒れ狂い、木々をざわめかせる。
幸い、距離はまだ開いている。ならば入り組んだ場所に逃げ込めばヤツを撒ける可能性だってある。
あれだけしつこいのだ。何日も掛けて探し回るに違いない。
ミクネの仲間には悪いが、しばらくの間合流させられない。だから……”誘拐”させてもらう。

怒りに燃える竜は、地響きとともに大地に降り立つ。四足で地を駆け始めた。

……おかしい。ヤツの追跡行動が正確過ぎる。音は立てず、姿も表さない。
考えられるのは臭いによる追跡。ミクネとの面識があるのならば、臭いを覚えていても不思議ではない。
俺がガスを撒こうとした時には既に、俺達はヤツの紅い瞳に捉えられていた。

「グオォォォオオオオンッ！！！」

咆哮と共に、竜は俺達に飛びかかる。　体を大きくしならせ、その巨大な尾を俺達に向けて振りかざした。

「……逃げろ、ミクネ！」

咄嗟にミクネを投げ捨て、その身を大木に叩きつけられる。
大木は大きく揺らぎ、今にも折れてしまいそうだ。それが、竜の力を物語っている。
巻き上がる土埃…その中で、眩い光が漏れ出ていた。

※なんか我に返って止めてしまった。

ようやく「止める」という行動に考えが追いつき、燃やすのをやめたエル。
手元にある焦げた肉だったものは、新鮮すぎる何かの肉に再生された！

(しかも途中で止めたせいか皮などがまばらでグロテスクになっている)

その肉を見つめ

そのまま差し出した！

少女は頬を緩め、迷いのような、恐れのような、そんな表情を見せては払い、
それからもう一度表情を変える。

熱を帯びた身体。
それは比喩ではなく、彼女の全身は指先に至るまで熱く火照っていた。

ぎゅっと目をつぶり、なされるがままに身を委ねる。
色々な気持ちが錯綜し、心地よい言葉を聞く。

けれど彼女の口数は少なく。
もはや言葉を交わす余裕などはなく。

壊れそうな儚さと、飲み込まれそうな欲深さを見せる獣は、獣の言葉で、相手を求めた。

叩きつけられた尻尾を押し返す人影。
貌には黒い仮面、首には赤い布。そして腰には、クライカリオスが残した術式の文様。
サイネルの全身は、あの時のように変質していた。

ミクネとクライカリオスの関係を知らぬが故に、サイネルは激怒する。

腰の術式から全身に広がる光の線が、一層輝きを増す。
それはまるで遠く輝く星を、間近で直視するかのような輝き。
そのエネルギー量は、術式を焼き切るような量で……

男はミクネを放り出し尾の一撃を受けて倒れ伏した。
今ならば、ミクネを連れてこの場を去る事も不可能ではないかもしれない。
そう思いつつも、男を放置する事に対する危険性を本能的に感じて竜は土埃の向こうに居るだろう男を睨め付けた。

――…と、声が聞こえた、次の瞬間である。



ドクンッ



全身を震わせる力の流れに意識が揺らぐ。
感じるのは膨大な命の輝き、光の螺旋。

この感覚は先日術式越しにあの男から奪い取った物と類似していたが、意識的に喰らったあの時と今は異なる。
あまりにも唐突に流れこんできた強い生命エネルギーに精神が一気に過負荷を受けて悲鳴を上げた。



いけない。

このままでは。



揺らぐ体の感覚も曖昧なままに必死に意識を繋ぎとめようとする。が、男から迸る生命力を背に残した術式が否応なしに感知し起動しているのだろう。止める余裕もない内に流し込んでくる濁流の様なソレに、完全に意識が吹き飛ばされ――……




金は、光に溶けるように……白色金へと染まった。