髪の青い男と双子に頭を下げると、チセは見知った近接領地の次期領主へと頭を下げた。

にこりと笑った。

少女はソワソワしている。

武器を降ろし、安堵の息をついた。それも束の間の事。
濡れた泥が地面を叩きつけるような音に、乾いた靴を鳴らした。

視線の先にあった”何者か”の姿にヘクターは息を呑む。
何とも形容しがたいものを象ったそれは確かに人語を話したのだ。

泥人形が自身の体内から取り出した何かを掲げると
咄嗟にチセの体を引き寄せて後ろへ下がった。

何かが上空へ投げられ、地に落ちると僅かに泥がはがれ太陽の光を帯びて輝く。


　　　――　”メルンストゥーラ”！


そう認識した刹那、空の色が瞬く間に染まる。
黄金の穂麦の色、散る黒薔薇の花片。
その時自らに置かれた状況を察し指先にまで血が行き渡った。

再び弓に炎を纏わせ、眼前の異形へと矢を引き絞る。
暑い地にも関わらず、冷や汗が頬を伝った。

わからない。色んな意味でわけがわからない。
双方ともにわけがわからない。
パパの匂い…って、加齢臭の事じゃないですよねとか思うだけの冷静さは残ってはいるが、ではそれが何かを考えるだけの余裕はない。
ヘクターに言われる通り、ヘクターから少し離れ、その後ろ姿を見守る。

チセはきょろきょろと周囲を見ている。
そして……、

ヘクターに気付かれないよう気遣いながら、チセは手拍子を始めた。

どすり、どすりと重い足音に紛れて、びちゃり、べちゃりと湿った落下音。
枯れた土地に似合わぬ物音に振り返ると、そこには異形の泥人形がいた。

急に驚いたように何本もある手を開く。思いついた、という顔で。

泥人形は、自らの目玉をほじくると、中からコイン状の石を取り出した。
乱暴に、上に投げる。
泥が張り付き、重さの増したコインは、叩きつけられるように地面に落ちた。


　　　　――　　�.太陽　＜裏＞　

周囲が黄昏に染まる。
輝きに満ちる。
黄金の、時間。

泥人形に光が降り注ぐ。その内側から、めごり、と、何人もの人間の体が迫り上がる。
自重によって落ちそうになったそれらを、さらに生えた腕が拘束し、その衝撃で彼等の首はぼとぼとと落ちた。
そして、最後に黄金の鎧を身に纏った首の無い死体が、一等高いところで見せしめのように、ぐらり、と揺れた。

かつての黄金郷カダイエ。
その守護者エンブリオ・マァムブ。

十三の瞳が熾烈な輝きを帯びる。
空が、染まる。
輝石が瞬いた色彩に、閉じられた瞳が染められたように。
空が染まる。
まるで一枚の紙や布なのではないかというくらいに、染めあがっていく。
辺りは一面の、黄金の夕焼け色。

尚もとどまらぬ光を背に受けるは十二の使徒。
そのすべては光によって一様に黒に塗りつぶされている。

ただ、正対する者らには見えることだろう。
その威容異質と、足元にまで伸びゆく十二の影が。


　　　　　　――　マァムブの覚醒が契約者達に変転をもたらす！

嫌悪と恐れを露わにした声は、ほどなく黄金の光に飲み込まれる。

「あああ…ああああああ…！！」

皮膚を突き破る羽根の痛みか、異物感か、
それとも体がつくりかわることへの焦燥…強くなる事への高揚感。
目の前の小柄な男は自らの体を抱くようにして叫ぶ。
腕から、髪から、早回しのように羽根が生え揃い、一羽の鳥が生まれた。

それを逆再生するかのように。
一羽の大きな鳥から、一人の背の高い男が形作られる。

ずるずると這いずる蛇の如く、影より伸びる長いツタが
枯れ木のような男の身体を覆っていく。

掠れた声が笑う。横へ振られた長柄の錫杖が、
じゃきり、と鎌の刃を生やした。

十三の目が放つ黄金色で影となった男の口元が、
照らし出される獲物を見てか、歪な半月を描く。

ざまあみろと言わんばかりの声音で、男は笑った。

呼び掛けに応じ、火を纏った鳥が現れる！