いきていくうえでは、避けられないこともある。
　病気、けが、飢え、寿命、こごえるさむさ。
　それを全員が全員避けきれるわけがない。

　生き残れないものは無理は無理。
　ならば、切り捨ててぽいしておくのがアタリマエ。
　助からない・使えないものは見限って、使えるものだけを残して、生かす。
　それは、ボクたちが手がけている作物に限らず、作る側であるボクたち自身も。

　それが、ボクたち農奴の、アタリマエであり、日常だった。


　パッと見はすんごくちぐはぐしてる、そんな印象のひつじたち。
　でもいろんなことを知らないボクですらわかる、こいつらはいわゆる“ばけもの”なんだと。
　それも、悪意とか恨みとか死とか、そういう方向性のつまった、つよいちからのばけものなんだろうな……って。

　そういう狂気のちからのばけもの相手に、お手てつないで全員無事に――なんて虫がいい。
　ならば無事にすまないものは切り捨てて、残れるいのちの力があるやつだけ残り、いきればいい。


　３――いや、捌けば２で済む、かな―……？
　２はつぶれる。


　そんなさっくりしたコトがよぎる、死合の始まり。
　そしてほどなく、間引きの時間は、訪れた。


　後ろの方で遊んでた、紫色が揺らぐ。
　とっさに靴で地面を蹴ったんだけど、そんなんで間にあうわけも助かるわけもない。
　激しく後ろに吹き飛ばされ、次いでくる灼けた感覚と衝撃。
　ぽろりと落ちる、首。


　……あー。
　見なくても分かる。これは、壊れた。

　からだのブリキは衝撃と熱でもろともに溶けて焼けただれ、ひしゃげ、胸から腹辺りに至っては熱を帯びた空っぽに……。
　こういうときは不思議と冷静だ。


　あ、紫が笑いながら何か言ってる。
　もげた首を無造作に、壊れたからだの方へと放り投げた。


　――がちゃん。



「（……意識、飛んでたなー……さすがに……。ユノ……あれからどん位経ってる……？）」
「（うーんと、ね――あんまり経ってないよ――）」

　いつもののんきな高い声、問いかけの答えになってないコトバが、ボクの中に響いてくる。
　空気と耳を通してではなく、ボク自身に対して直接。繋がるいのちを介して、直接。

「（ソウのいしきがおそらにふわふわとけてたあいだ――何があったか、聞く――？）」
「（いんない、視ればわかる）」
　口を動かさず声を出さず（そもそもこの状態だと動かせないし出せないけど）、つなぎ伝えてくれているユノに対して答えを返す。
　まわりに広がる光景を、カンカク的に認識しながら。


　ボクの首は壊れたからだとともに転がっていて、その少し先には右腕を喪ったマシェが倒れている。
　あれはたぶん、胸までえぐってるんじゃないかなあ？　てくらいの深手っぽいかな……かろうじて、まだ、いきてるっぽいけど。

　あっちのほーにはぐるぐるめのちびっこと、さっきの紫のと、角の生えたはだかの奴と、変な歌を歌ってた笛吹きおぞろおぞろ。
　それらが仲良くぼろっぼろになって、地下牢の中でこれまた仲良く折り重なって倒れている。


　そしてボクたちとさっきのひつじたちとの間辺りに、サヤがいる。
　サヤはいつものサイズの代わりにこげこげの千巌を抱えてて、傍にいるわらわらっとした妖精に何かをちょこちょこ言っている。
　あれはたしか、ボクたちがケイヤクしに会いに来た、おうちに住む妖精だよね……。

　わらわらした妖精――ブラウニーたち――は、サヤに「ちょうだい」というカンジで手を掲げる。
　サヤはふぅ、と小さく息をつくと手を伸ばし、掲げられた手にぽとり、小さく紅いしずくを落とす。

「（サヤ、ブラウニーとケイヤクしたみたい――）」
「（あ、ケイヤクの行動なんだ、あれ。紅いのはいのち――ていうか、血、かな？）」
「（たぶん？）」
「生きているなら、そういってくれれば……」
　サヤの口がちょっとだけ動いて、ぽつり。

　って、……え？

「なんでもないわ、ひとりごと」
　あれ、でも、いまのって、もしかして……？
「サヤ、もしかして、聞こえてる――ソウと、ユノの声――？」


　あ、あのバカ。


「ひとりごと、っていったじゃないの」
　つられる形で油さしから出てきて問いかけたユノのことばと行動に、サヤがそう苦笑いをこぼした。


　サヤから“いのち”を受け取ったブラウニーは、わーっとボクへマシェへサヤへ（厳密にはサヤが抱えている千巌へ）と向かってきて、ぐるっと取り囲んであっちこっちじーっとみてくる。
　最初、なんだなんだ？！　と思ったんだけど、どうやらその行動は【治せるか治せないか】を見に来たらしい。
　（もちろんそれは、サヤがケイヤクしてブラウニーに依頼したんだと思う）
　ボクを囲んでたブラウニーと、サヤのそばにいたブラウニーはぴんこぴんこ飛び跳ねるとサヤに手を振った。

「新品みたいに治せるとおもうよ！」
「ちょっとつぎはぎはできちゃうかも？」
「やる？　やる？　なおす？　なおす？？」

　こくり、サヤが首を縦に振る。
　するとブラウニーたちはどこからともなく大木づちやら、布やら、ぶっとい針やら、わらの束やら瓶入りのクスリやらその他いろいろぼんぼん取り出してはあっちこっち飛び跳ね始め、ボクと千巌のからだを治し始めた。


　新品みたいに……って、治る、もなん、ですか……。


　ボクは、ユノにいのちを繋いでもらっている間は、死ねない。
　けれど、死ねない、のと、動けない、とはちがう。ぜんぜんちがう。
　水辺にいたときにからだが変になったみたいに、いのちがなければ動けないし、当然からだが錆びても動けなくなっちゃう。

　今回みたいにスクラップみたいにされてたら、どうしよっかなー……だった。
　うん、よかったよかった。


「まるで、オズの魔法使いよね……」
　ブラウニーがわやわやと治している光景を眺めながら、はふ、とサヤがため息をつく。
「“オズの魔法使い”って――なに――？」
　そんな中にぽろりとこぼれた言葉に、ユノがそっと聞いてみる。
　ボクはそのことばは、気になってた。

　さっきの笛吹きおぞろおぞろも、ボクたちに対して、そう、表現していたから。

「私の世界にあった、児童小説――子供向けのお話しね。竜巻で、オズと呼ばれる国に飛ばされてしまった女の子のお話。
　飛ばされた先で女の子は、偶然にも魔女を倒したおかげで、偉大なる良い魔女ともてはやされるの。
　だけど、女の子はなんの力もない普通の女の子。もちろん女の子はおうちに帰りたい。だけど自分では帰れない。
　おうちに帰るために魔女の靴を履いて、エメラルドの都にいるという大魔法使いに会いに行くの」

　サヤはゆっくり周りを見渡してから、さっと適当なところに腰かける。
　ほこりを払ってから、こっちにおいでとユノに対して手招きをする。
　すぅっとユノは音もなく、サヤの前に来ればまた、サヤが話を続けてくれた。

「黄色いレンガの道を進む最中に、女の子はふしぎな子たちに会っては助けるの。
　畑で動けなかったかかしは知恵が欲しい、さびて動けなくなっていたブリキの木こりはこころが欲しい。
　そしてずうたいばっかりでかいのに、震えて動けなくなっていたライオンは勇気が欲しい。
　みんながみんな、思い思いに欲しいものがあるから、いっしょにエメラルドの都の大魔法使いに会ってそれをもらおうと旅をする」
「あ――なんか、似てる――ね――」
「細かいところまでは話すと長くなっちゃうからいまはざっくりだけど、たしかに結構似てるところはあるわね。
　いろんなことがあって、大魔法使いに会えたんだけど、大魔法使いも女の子たちの願いをぱっとは叶えてはくれなかった。
　当然よね。なんでいきなりきた知らない相手の為にそんなことしなきゃいけないかって話になるんですもの」
「あ――うん――」
「女の子たちの願いを叶えてくれという頼みを聞くからには、大魔法使いの頼みを聞かなくてはいけない。
　オズでは自分の手に入れるものについては、それなりに代償を払うものなのだって。
　大魔法使いは“西の邪悪な魔女を殺してこい、それまでは会いに来るな”といいきったわ」
「魔女――あの子みたいなの――？」

　ふわっとユノがうごいて、折り重なっている面々、その紫色のあたりをふらついて指し示す。

「“オズの魔法使い”のお話においては、奇跡や破壊を起こせるくらいの強い力を持った女性を“魔女”と呼んでいたわ。
　あの子が一般的な魔女かどうかはの判断は控えるけれど、“オズの魔法使い”においての魔女ではあるかもしれないわね」
「あ、じゃあ――サヤも、“オズの魔法使い”だと、魔女――？」
「かも、しれないわね」

　くすり、ちょっとだけ笑みがこぼれた。

「続けるわ。
　女の子たちはどうしても欲しいものがあったから、西の魔女を退治しに行ったの。
　でも西の魔女も倒されたいわけはない、色々な魔法や獣たちとの契約を使って女の子たちを倒そうとしたわ。でもとまらない。
　とうとう魔女は切り札である翼のあるサルの契約を使ったの。そして女の子たちはバラバラにされて倒された」
「あれ――じゃあ――」
「厳密には“倒された”とは、ちょっと違うのだけれどもね。
　カカシはわらを抜かれバラバラにされて、ブリキの木こりは岩山の上へと落とされべこべこに。
　ライオンは魔女が奴隷にしたいからぐるぐる巻きにされてさらわれて、女の子もいたずらというか酷い目に合うところだったのだけれども、強力な護りがあったおかげで魔女の前に連れてこられるだけで助かった。奴隷にはされたけどね」
「奴隷……」
「そう、奴隷。でもその間に、ひょんなことから魔女を倒しちゃうんだけどね」
「あ――じゃあ、女の子は――助かったんだ――」
「西の魔女を倒せたことで、彼女に奴隷にされしいたげられていた西の民の力も借りれた。
　そのおかげでブリキの木こりとカカシも助けることはできたの。
　西の民は２人の壊されたからだも新品同様にしてくれた上に、道具もぴかぴかにしてくれた」
「よかった――よかったの――」
「でもね、それはお話の中のこと」

　サヤがふいにある方向へと顔を向ける。
　先ほどまでユノにお話しをしてくれていたときとは違い、少し……なんだか、なにかがぽとりとなくなったような、そんな感じ。

　つられてユノも、そちらにふわりと向かう。
　サヤが向いたその場所を、ユノの光がほんわかと照らしだす。


「“オズの魔法使い”のお話のなかでは、ライオンは、けがをしなかったのよ。
　ほんの、すこしもね」


　サヤが顔を向けた方向は、マシェが倒れている方向。
　そこでは困ったような顔をしたブラウニーたちが、顔を見合わせながら何事かをひそひそ呟いている。
　そこからほんの少し離れた場所には、無造作にちぎれた腕が転がっていて。


　紅くてぬるいなにかが、じんわりと、冷たい床を侵食しているところだった。

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。