■山岳：星屑の山にて

　言葉というものは、価値あるものだ。
　古く、ずっと古くから生み出され、積み重ね、書き換えられ、そうして残ったものに価値がないわけがない。
　それは、見えないものを雄弁に、聞こえないものを多彩に、触れられないものを詳細に語る。

　例えば、彼ら、彼女らだ。

　くっついている、離れている、分かれている、寄り添っている。
　状態を表す言葉。
　頼りにしている、依存している、支えにしている、入れ込んでいる。
　心情を表す言葉。

　どのように表現したところで、それぞれを眺めている私の思うところは、
　呆れ、諦め、哀れみ、それから、興味、庇護、愉快、そんな諸々。

　ユーグとツグミの距離感を色々な角度から眺めてそれで何が改めて見えるわけでもないだろうに、いつものようにと思ってか、すたたっと歩を詰め揺れる尻尾を、さらに後ろから眺めている。
「竜の嬢ちゃんや」
「ふぁっ、はい！」
　ぴた、と止まって振り返る、色鮮やかな花がこちらを向く。
　きょとんと丸い目に、思わず笑う。
「お前さんが、わんこの嬢ちゃんとおったところは、こういう山かね？」
　問いかければぱちくりと瞬いてから、笑顔で答え始める。
「いえ、もっと涼しくって、氷がきらきらしていて！　広めの川で滑ったり、あ、でも、割れたら危ないから気をつけてーってカレンが、…」
　勢いがぴた、と止まった。

　あぁ。
　この生き物は犬の分類にはないけれど、しゅん、と垂れた耳が私にも見える。
　尻尾の感情表現はそう大きく違わないようだ。
　何であれ、これは大変に可愛い生き物だ。
　そんな風なわざとを働く私を忠犬が知れば、牙を剥くに違いないから、あからさまには笑わないでおこう。
　それでも、気を取り直して笑顔を取り繕うあたり、この娘は、片割れよりも折れずしなやかな性分に見受ける。
　依存し合っている、と称すようなバランスではないのかもしれない。
　別の、適切に表す言葉を探しながら、涼やかな声が途絶えないよう、時折の相槌を返しながら。

　こうして悪戯じみた心地よさを味わいたくなる原因は、眼鏡の縁の向こう、視線を斜めにして先にある。
　辛気臭さを引きずり行軍する男と、私以上に人形じみた様子で引きつられ歩くそれを、ただただ黙って見守る私の気を長引かせるために、清涼剤を必要とするのは、致し方ないだろう。
　それでも、見ることはやめない、見目が可愛いかどうかはともかく、可愛いうちの子に違いない、今は私の袂にあるものだ。

　さてはて、だ。
　あれが気を持ち直す時、私は待ってましたと両腕を広げるかもしれないし、あるいは拳を振りかぶるかもしれない。

　…せめてその時は、右手で済ませてやろうと思う。

（先を歩いていたが、くるりと振り向く）