16.


　古びたショルダーホルスターの留め具にナイフをいれて、小さなリストバンドを作った。
　夜を明かして悩み抜いた結果がこれである。もう少しマシなものはないかと何度も思い直したが、自分が思っていた以上に「自分の持ち物」というやつは少なかった。ポポロが魔法のように生み出したものは言ってしまえば「ポポロの一部」であるため、そういうものを餞別にするのは違うと思うのだ。
　ピアは細い息を吐き出して、今度は攻城戦の準備をする。今のところ一度も使ったことがない折りたたみできる特殊警棒、仕組みはよくわからないが火を起こせる装置、水の入ったボトル、タオル、応急処置ができる医療品や緊急用の食料は大抵自分ではなく他の誰かに使うことが多かったりする。すべてをチェックし終え、綺麗に収まるように小さなバックパックの中に入れて、背負う。
　自室を後にする。
　アニマが飼い主のもとへ帰ると決まってから、あれほど乱れていた心は不思議なほどに落ち着いていた。
　結果が出た途端にこれである。自分の薄情さに呆れかえる反面、まあそんなものだろうという気持ちが確かにある。メルンテーゼにきてから「たった」数日間の馴れ合い。これまで何百年と生きてきた長い長い年月に比べれば、ほんの一瞬の出来事。
　今にして思えば、アニマは面倒な奴だった。
　まったく懐かないし、妙にプライドが高くてすぐに意地を張る。そのくせ人が落ち込んでいると、それがわかっているかのように寄ってくるお節介さは、相手をするだけでもウンザリしていたのだ。
　本当に面倒な奴だった。
　そう思うことにした。
　いつの間にか出入り口に着いていて、タンポポ荘の外へ、晴れ渡った青空の下へと歩みだす。
　待っていたのだろう、すぐにアニマの姿が見つかった。

　互いの視線が一瞬だけ交差して――ただ、それだけ。
　ピアもアニマも、あとは黙って歩いていく。
　アニマを待つ、アニマの飼い主が待つ場所へ。
　風が強くなってきた。道端に生える緑草が傾いて、葉と葉が擦れる音が耳に響く。
　無言の歩みはひたすら続いた。自然物ばかりだった景色にだんだんと人工物が映りはじめる。それにつれて歩幅が短くなっていることに、ピアもアニマもどこまでも無自覚であった。今、老婆が二人を追い越した。
　そして、何度目かの曲がり角にさしかかったところで、ついにピアの足が止まった。
　つられてアニマも立ち止まり、何事かとピアのほうへと顔を向ける。
　ポポロたちが待つ場所はもうすぐで、つまりは別れの時が近づいていて、ようするに今を逃したらチャンスはもうなかった。
　実を言えば、歩いてる間にずっと考えていたのだが、結局気の利いた言葉などなにひとつ思い浮かばなかった。だからピアは仏頂面を作って、いきなりアニマに近づいて屈みこんだ。反射的に後ろに退こうとしたアニマの前足を強引に掴んで、リストバンドを足首に巻いた。

　アニマは、驚いているように見えた。
　しかしそれ以上はわからない。アニマ――動物は、人ほど豊かな表情は作れないし、言葉も交わせない。
　それでいいと思った。
　それがいいと、思った。

　言うだけ言って、ピアは再び歩き出した。
　口を半開きにしていたアニマが一度だけ喉を鳴らした。
　そして先ほどよりも顔をうつむかせて、ピアの後を追う。
　うなだれたその顔が紙を丸めたようにくしゃくしゃなことに、ピアはついに気づかなかった。

　　　＊

　そして、別れの時がやってきた。
　フェアリーは自分の涙で溺れそうなぐらいに大泣きしているし、ノームもずっとハンカチを目に当てている。何より驚くべきはアルラウネまできていたことで、いつものように悪態を浴びせてくるんじゃないかと警戒していたがどうやらその気もないらしく、見るからに不機嫌そうしながらただ黙ってその場にいるだけだった。

　こんなときでも笑っていられるポポロが羨ましいと思った。

　アニマの主人は、アニマの姿を見た途端にこちらに駆け寄ってきた。
　三歩。それを見たアニマが無意識に前へ踏み出した歩数だ。
　それがすべてだと、ピアは思った。

　そういえばアニマは、自分の主人を助けるためにはぐれたんだったか。

　ピアはアニマに向かって笑ってみせた。うまく笑えたと思う。
　アニマが、まばたきひとつせずにこちらを見ていた。



　それからアニマの主人と何度か他愛もない言葉をかわし、散々頭を下げられ、
　そして、

　アニマの主人は深々と礼をし、その横にはアニマがついている。

　歩きだそうとする主人の言葉に、しかしアニマは従わない。
　その視線の先は、ハンカチを振るノームであり泣き疲れたフェアリーであり拗ねた子供のように口を尖らせるアルラウネであり笑顔のポポロであり無表情であろうとするピアだ。
　アニマのその瞳に、全員が応えた。
　ノームは帽子を外して礼をし、フェアリーは目に涙をためて笑みを浮かべ、アルラウネは目を細めつつも口元を緩ませ、ポポロはどこまでも笑顔で、ピアは小さく手を上げた。
　それで十分だと、アニマは思った。
　二度目の呼び声がかかる前に、アニマは背を向けて歩き出す。
　ただでさえ小さなアニマの姿が、さらに小さくなっていく。
　そして、ついに影も形も見えなくなろうというその瞬間に、それは聞こえてきた。

　オォォオオオオオオオオオ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ！！

　ウォークライ。
　それは、戦う者たちが謳う鬨の声。
　前へ進もうとする自らを、そして共に戦い続ける戦友を、鼓舞する雄叫び。
　どこまでも勇ましく、しかしどこか悲しいその叫びは、確かにピアたちに向けられていた。
　アニマの、別れの言葉だった。

　　＊

　どんな悲劇が起ころうとも夜は更け、そして日はまた昇る。
　自分でも驚くほど熟睡したピアはいつも通りの時間に目が覚め、いつも通りの形だけの朝食を口にし、いつも通りの適当な支度を済ませて自室を後にする。夜明け独特の静寂に耳を傾けながら誰もいない廊下を歩き、「CLOSE」と表示されたリチェッタの扉を開けて中へ入る。在庫が尽きそうなコーヒー豆はあと一日ぐらいなら持ちそうなことを確認して、新しく仕入れた食器を棚に移す。それから濡れたタオルを使ってひとつ目のテーブルを拭き終えて、次のテーブルに向かおうとしたそのとき、ようやくピアは自覚することができた。

　アニマと別れることは、ただただ哀しかった。

　なんて、単純な話。
　嘘をついて別れを引き延ばしたかった。アニマの気持ちを考えるフリをしたり、自分の気持ちを正当化させてアニマと一緒にいられる理由が欲しかった。ただそれだけのこと。
　なぜ今まで気づかなかったのか。
　――気づかなければ、アニマはいなくならないとでも思ったのかもしれない。
　ピアは脱力するように、自分が磨いたテーブルについてうつむく。
　それから、まるで石像にもなったように動かなくなった。
　どれぐらいそうしていただろうか。数秒にも思えたし、半時は経ったようにも思えた。
　やがて、聞き慣れた、食器同士が擦れる音がした。
　顔を上げてみればそこには、

　いつの間に湯など沸かしたのか、ノームが運ぶポットからはあたたかな湯気が立ちのぼっていた。
　正直にいえば、その光景を見たピアは、何かに救われたような気分だった。
　だからフェアリーがカップの重さに耐えきれずバランスが崩したことに反応できなかったし、落ちていくカップめがけて無茶な速度で追いつこうとするフェアリーをただ見ていることしかできなかった
　そのまま、フェアリーもカップも床に衝突するはずだった。
　そうはならなかった。どこからともなく伸びてきた蔓が、フェアリーとカップをすくい上げたのだ。
　――カウンターの影。腕を組みながら、自分はまったく関係ないとでも言いたげにそっぽを向くアルラウネがいる。

　まるで喜劇でも見ているようで、ピアは思わず吹き出してしまう。
　そして、そんな空気に土足に上がり込む気配がひとつ。

　もちろんそれは、ポポロ・ダンドリオンに他ならない。

　さすがのポポロでも何か違和感を感じたのか、首を傾げてピアたちを交互に見る。
　ピアにはそれがまたおかしくて仕方ない。

　本当に唐突に、ピアはそんなことを口にした。
　いきなり驚かされた子供のような顔をしながら、ノームとフェアリーは首を振った。なるほど。
　そしてアルラウネは徹底的に無視を決めこんだ。ピアは勝手に肯定と受け止めた。答えない奴が悪いのだ。

　まだ、胸の中には哀しさで溢れている。
　だけど、それでも前に進もうと思えるのは、あのときのアニマの声のおかげなのだろう。
　――別れに、生きることに恐れるな。
　自分勝手な受け取り方だと思うけれど、そう言われた気がしたから。
　失くしたものがあったからこそ、変わるものがあると思いたいから。
　だから今は哀しくてもいい。すごく嫌だけれど、暴れ出したくなるぐらいつらいけど、時には泣きながら戦う必要だってあるのだ。

　それが、子猫にしか見えない勇ましい獅子が、声を上げて教えてくれたことだ。

　　＊

　そしてリチェッタに、ポポロの元気な声が響くのだ。

　その場にいる全員が、首を横に振った。

　ポポロちゃんの作った人形をまじまじと見つめる
　少々形がわるい部分があるものの
　がんばって作ったのがありありと伝わってくる

　そう言いながら、不安そうな表情を見せるポポロちゃんの頭を一撫で

　気づいた時にはさっさと水中に沈んでいたポポロを見て万已楽はいつもの人型状態で
水中に入り、推進機を使って泳ぎながらポポロを水底から救い上げる
　顔が水から出るぐらいの高さを維持しつつ、適当に説明をする

　必要ないと言っておきながら動くことには興味津々であった

　一人宙吊りにされたままマキリは呟く。
　

　

　
　彼は呟く・・まるで呪文のように。
幾度も呟かれるその言葉は周囲の壁に反響し、やがてはマキリの元へと帰ってくる。
まるで誰かが囁いているかのように。

言葉は力。時間をかけ、幾度も繰り返すことによりマキリは自身を興奮状態に追い込んでいく。


できる・・できる・・・デキル・・・デキル・・・デキル・・・


そう、それはセルフ火事場の馬鹿力と言うのが相応しいであろう。
マキリの体にかかる力はより強く、より確かに。いつもの倍、いや、それ以上の力がマキリに込められる。

やがて彼を縛っていたロープもミシミシっと音を立て始める・・・。だが彼は決して気を緩めない。
自身が完全に脱出できるまで・・彼は油断などしないのだ。


ロープの軋む音も次第に大きくなり、遂に・・・その時は訪れたのだ。




切れたッ！！！遂にッ！！！切れたのだッッ！！！！！









　

　そう、マキリの体力が遂に切れた。完全敗北である。

あまりに近くに寄ってくるので思わず一歩引いてしまう。

エルはポポロが流れ飛んでいった方をジッと見つめながら考えていた。

エルの中ではすでに曖昧になっていたそれら。
そういえば、と直前に話していたことは何だったかと思い出していく。

よかったよかった。
壁をぶちぬいて吹っ飛んでいくポポロの顔は幸せそうだったもの…

心底実行に移されなくてよかったとおもうエルなのだった。

〜後日〜

別の場所でポポロを発見したエルは声をかけた。

明後日の方向に勘違いしているようだ。

メッセ遅くなり申し訳ないですorz

「タンポポ荘のレンタル」に「タンポポ荘＝ポポロさん」を代入した結果はれんちきわまりない想像が頭の中を駆け巡ったようです。

腰がひけたままそんな顔でポポロさんを見上げます。

いまさらかい。

（降参したという感じで、手帳を見せて…）