某月某日　蒼い雨

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まるで水に落ちたようだった。

水底から見上げる空みたいに蒼と白が混じった光の線や細かい気泡が
自分の視界に入っては無数に分裂を繰り返しずっと遠ざかっていく。
そんな気泡をぼんやりと眺めながら・・・いや「眺めることしかできなかった。」のが
言葉としては合っているのかもしれない。
そんな目の当たりにしたことのない光景が自分の身体を縛っているようだった。

夢にしては肌に感じる感覚が鮮明で、
現実にしてはありえない光景だった。

四肢及びありとあらゆる関節に見えない糸が絡まって、
それを一本の糸として収束したような鋭い一点の力が私の身体を水底に引っ張っているのだろう。
でもそれは重力よりも軽く、空中の風船を引き戻すときのような優しささえ感じる力で、
私をずっと…ずっと…水底へと誘っていく。

気泡が光に反射して煌めいている。
繰り返し目の前で消えて行く気泡を見ているうちに、いつしか微睡みが訪れた。

意識も一緒に水底に持って行かれてるのだろうか？
そんな詩的なことを考える自分を嘲りながらも意識は少しづつ閉じていくのだった。

瞬間、自分の長い黒髪に何かが触れたような感覚が走った。
その刹那閉じていく意識が少し覚醒したが、それは瞬間的なものだった。
落ちゆく意識の中、最後に視界にとらえたのは１匹の金色の狐の姿だった。


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次の瞬間目を覚ます。

とてつもなく巨大な木の根本にいた。
テレビでみる屋久島の杉の木なんて目じゃない。
それくらい巨大な木だった。

正確にはまだ夢の中かもしれない。
見たことも無いくらい大きな木、聴いたこともない獣の鳴き声。

さっきの夢同様、現実とはかけ離れていた光景を、
自分の中で上手いこと認識して整合性をとることができなかった。

軽く混乱すらしていたが、夢として認識するための
決定的な"現実"との違いに気がついた。
視界に入るのは見慣れた黒髪ではなく、金色に輝く金髪だった。
この色どこかで見たことある・・・ような気がしただけで気のせいだと思った。

一息ついたあと、辺りを見回してみる。

鬱蒼と茂る木々。
人の気配はまるでない。

大判ストールとカバンは都合よく手元にあった。
（やっぱり夢だと思った。）

金髪は素行悪い印象があったので大判のストールを身を隠すようにすっぽりと被って、
道なき道に歩みを進めることにした。

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どのくらい歩いただろうか。
辺りは暗くなって野犬の声とも聞こえる声が遠くから聞こえる。

どこかに仮眠取れる場所がないかと辺りを見回すと、
見たこともないくらい大きな鳥の巣があった。
幸いなことに、その巣は既に廃棄されたもののようで、
雛も卵もなく樹の枝で土台はしっかり固定されていて、
中は柔らかそうな干し草が敷き詰められていた。

そんな独り言をつぶやいてその晩はここを宿にすることにした。

干し草に身体を預けると思ったよりも柔らかかった。…思えばこの尻尾のお陰だったのかもしれない。
（最もその頃は尻尾の存在に気がついていなかったが…）

普段はあまり見上げることのない夜空は、数多の星が煌めいていた。
ぼんやりと星の数を数えているうちに眠りに落ちかけていた。

夢の中だというのにまた眠るというのも不思議な話ではあるのだけれど・・・。

眠りの一番最奥、意識が途切れる寸前身体に衝撃が走り慌てて目を開ける。
目を開けたのに広がるのは"黒"。

驚きはしたがいきなりの覚醒に身体がついていかない。

"黒"と目があった。

状況が飲み込めず思わず声を漏らす。


"黒"が真っ青な瞳でこちらを見つめている。
どうやら"黒"も驚いているようだ。

目が暗闇に慣れてきてようやく"黒"が何者なのか認識できた。

ビー玉みたいな青い目をより一層丸くして"黒"は口を開けた。

驚いた。

犬・・・もとい狼が自分のわかる言語で言葉を発している。
驚く自分をよそ目に狼が言葉を続ける。

狼がそう言うと、周囲の闇に溶けて見えなくなる。
瞬間別の輪郭が現れる。

そこにいたのは青い髪の青年。
夜空をライトで照らしたような鮮やかな髪をしていた。

夢を見ている。
そう思った。

そうでなければこの瞬間目の前で起こったことを現実として受け止めることができなかった。
長い時間のような一瞬の思考停止の後、口を開く。

―警戒した。

"知らない人に付いて行ってはいけない"これは幼い頃より呪文のように繰り返し躾けれていた戒めの言葉だった。

進みたい気持ちと進んじゃいけないという警戒心がぶつかり合って、
歯切れが悪くなる。

―きゅるるるるるる

一瞬の間の後、腹の虫が沈黙を破った。

アマドはふんわりと笑顔を浮かべた。

正直、夢とは思えないほどの空腹だった。
だがこれは夢だ。夢だから知らない人についていってもどうということはない。
自身に危険が迫ったら覚める夢なんだから。
そう自分に言い聞かせた。

そんな理屈はさておき。
幼いころより自分を戒めてきた言葉は、空腹の前では無力だった。


本当は空腹以前に心細かったのだが・・・。


優しく接してくれるアマドがとても心強く思えた。

思わずアマドの袖を握る。

にこりと笑った。

袖を掴んでいたミヤコの手をアマドは反対の手で握り返した。
そのまま引っ張りあげてミヤコは立ち上がった。

気になったワードを聞き返してみた。
するとアマドはきょとんとした顔をした。

アマドがバツが悪そうに頭をポリポリとかく。

―どういうことだろうか。
そう思い、自分の耳を触る。

―ない。

自分の手には輪郭の骨しか感じることができなかった。
そんな自分の挙動をアマドが不思議そうに見る。

スッと伸ばした腕は顔の横・・・ではなく頭頂に向かった。

変な感覚がした。
そこに耳があるはずが無いのに、確かに”耳”を触られている感触だった。

ありえないことが起きている。
自分の耳はそこにあるはずもない。
そこに耳があるのは"人間"ではない。

"獣"だ。

夢の自分は人間ではなく獣なのかと思った。
慌てて自分の手を見るが、自分の手はいつもと変わらない様子だった。

一連のミヤコの挙動を見て、アマドが心配そうに声をかけた。

なんて的を得ないのだろう。
でもそれが何だか愛おしく感じた。

この夢の世界では自分はこういう者だろうと思うことにした。
ただちょっと、夢でなければ猫耳なんて恥ずかしくて付けれるものじゃなかったから、
自分についてるものとはいえ、多少の恥じらいはあった。

ストールをさらに深く被ってミヤコは歩き出した。


「うん！！この素晴らしい夢を小説にして売り出すことにしよう！」

みんなに目を向ける。