＜一時解散と、始まりの理由と＞　ikki11


今いる水辺を攻略したら、一時的に解散することをクロウさんが提案してきた。
なんでも、本来順番に攻略していかないと辿り着けない場所への近道を、先発組の人が案内してくれるらしい。

先発組とは文字通りルリアンナさんの呼びかけに真っ先に応えた一揆衆のことであり、
遅れて一揆に参加した僕らは後発組と呼ばれている。
先発組と後発組の戦力差は、その参加期間とは裏腹にかなり開いており、
僕たちが彼らと戦えば、まず勝ち目がないといっていい。
それほどまでに彼らとの差は大きく、その原因の一つはやはりネクターとエンブリオの存在なのだろう。
……そして、それはつまり、以前よりネクターを独占していた新王側の戦力が強大であることも意味する。
果たして、僕たちは新王パラダイスを倒すことができるのだろうか。

はなしをもどそう
閑 話 休 題。クロウさんはメルンテーゼに来る前から冒険者をしていたからか、こういう立ち回りに長けているようで、
『先発組が苦労した轍まで馬鹿正直に追う必要なんてねえしな』と嘯いていた。
確かに、先発組の成功した部分だけをつまみ食いするだけで、僕らは彼らに負けないだけの戦果を得ることが出来る。……あるいは、こうするしか先発組に追いつく方法はないとも言えるのだが。

クロウさんは兵舎前の守護者がいる場所まで案内してもらい、そこを次々回の待ち合わせ場所とすることとなったので
次に僕らが合流する時はその守護者と戦うことになるのだろう。

……少し気が重い。戦うことは、苦手だ。
そしてそれ以上に気が重いのは、僕は独りで別の人と一時的にパーティを組んで冒険するということになったからだ。
以前にもメンバーがばらけて別の人と組むことになったけど、その時はクロウさんがいたわけだし、
段取りだって彼が立ててくれていた。
今度は違う。クロウさんが情報を提供してくれても、その人にコンタクトを取るのは僕だし、冒険をするのも僕だけだ。
知らない人と冒険をしてコミュニケーションを取り寝食を共にすることは、きっと緊張してストレスを生み出すに違いないと考えると、今から胃がキリキリしてくる。

―――そこまで考えて、それではクロウさんやテオさん、
そしてリシュさんたちと冒険している今は緊張していないのだろうかという疑問に思い当たる。

どうなんだろう。確かに以前よりは緊張していないと思うけれど、　　ひきこもり
それでも10日とちょっとの間一緒に旅をしただけで、そこまで僕の苦手意識は和らぐものだろうか……？
大体、そんな程度で和らぐものだったらアンリエットのひきこもり解消セミナーなんて開かれなかっただろうし

背中へかけられた理知的な声―――そういえば昨日もこんなことがあった気がする―――に振り向く。

エンブリオ：キラーウルフ。通称ジョニーは、凶暴なエンブリオであるキラーウルフの中では、
稀有なまでに気性が穏やかであり、僕は思わずさん付けをしてしまっている。

そういって、ジョニーさんは僕の隣に来て、僕と同じ方角を向く。
星屑の小川と呼ばれるだけあって、目の前の光景は幻想的なまでの美しさと静寂さを兼ね備えている。
他のみんなもどことなく心地よさそうにしている気がするし、一揆という目標が無ければいつまでもここでのんびりしていたくなる気分だ。

前回も似たようなことをアンリエットに言ったな、などと思いながら先ほど考えてたことを彼に教える。

ジョニーさんはまるで心を読んだかのように、低い声でそんなことを言ってくる。

言われて、僕はどうして自分が引き籠るようになったのかを回想する。
―――たとえば、祖父の評判が遠因で近所の子供に虐められるようになったとか、
―――たとえば、学校に入ったはいいけれど馴染むことが出来ず、ほとんど友達ができなかったとか、
―――たとえば、それでも僅かにできた友達を、僕の迂闊な言動が原因でなくしてしまったとか、
―――たとえば、学校を中退した後何とか職に就こうとしたけれど、結局自分が落ちぶれた原因と思っていた祖父のコネに頼らざるを得なかったこととか、
たとえば、たとえば、たとえば―――

理由の一つになり得るものは、両手の指を使っても数えきれない。
　　　　　　　　　　　　　　トラウマ
……けれど、決定的な出来事というものがあれば、きっとすぐに思い至っている筈だ。
だってそれは、エリファス・レヴィ・ベートの頭の片隅に決して消えない傷となって残されている筈だから。
だから僕はそれを必死に探さなければならない。
―――何故、必死になるのか。
だって、それは。
もしそれが無ければ。僕がこんなことになった理由は。何かに、誰かにあるわけじゃなくて。
ただただ、自らの愚かさと怠惰さが原因で“こう”なったことを認めなければならなくて―――

そんな僕の回想を遮るように、ジョニーさんがそう諭してくる。

……そうなのだろうか。僕には、わからない。
今自分を変えようとして変えられないのも、僕が不甲斐無いからではないだろうか。

何故か、ジョニーさんの言葉がそこで止まった。

ガツガツと肉を貪り始める妖精を尻目に、少女人形は本をパラパラとめくる。
―――高等魔術の教理と祭儀。未だ真の力を発揮していない魔術書を手に、アンリエットは思索を巡らせていた。

ページをめくる速度は速い。第三者がその様子を見れば流し読みどころか、ただめくっているようにしか見えなかっただろうが、
少女人形の生気無き眼は全てを見通すかのように記述を網羅していく。

そして、あるページでその手がピタリと止まる。

敵一同：ザバァーーーッ

喧しい物音に疑惑のまなざしを向けている…

急に焦っているのを見て…変わらないまなざしで見つめている…。

顔つきは変わらないけどおだやかな声で話しかける。

顔つきもようやく普通に戻った。

そのときまではそれなりに表情に変化があったのだが、その質問を聞いた瞬間怖いくらいの無表情になった。

だがすぐに何事も無かったかのように微笑む。

　明らかに脅える様子を隠しきれないまま、顔色を窺う様子。それがあいつとそっくりだ。いつもそう思う。

　とは言え実の所、卑屈な態度を不快と言うほど特に悪くは思っていないのだが。

　

　嘘は言っていない。大廊下で頭痛に悩まされていたものの、外に出てからは綺麗さっぱり治っていた。

　そして普段おどおどしている目の前の青年が、心配で声をかけてくれたのだと察せなかったらしい。

　訝しげに、疑問符を浮かべている。

　

　結局なんだったのか。

　だがそれ以上に、少しだけ前と様子が違うのを見て不思議そうにきょとんとした。

　

　珍しいものには優しい。対応自体は彼女の主人に対してより遥かに穏やかだ。

　けれど、突如紡がれた言葉の数々の意味ははっきりとは理解できず。去っていく少女をただ見送る。

　

　

　『気にしなくていいと思うよ』

　

普段は自分から声をかけない限り話し出さない筈のアンジェが、

クロウの思考を断ち切るように、そう言い切った。

ドールの少女は去り際にその会話が聞こえたかもしれないし、既にこの場を去っていたかもしれない。

楽しそうにぶんぶん周りを飛んでいる

問いかけながらも、視線はエルの袋にくぎ付けのようだ…