声が聞こえる。

呼ぶ声がする。


「ルカ、」


懐かしいような、


「ルカ、」


遠い、声。





「────…………れ、」


青色と白色で彩られた夢の中の森は、いつも深い青色の空に、薄暗い白色の雲の浮かぶ、夜だった。
浮かぶ星は一つも無くて、ぼんやりと浮かんでいるお月さまは、ひび割れた皿のように欠けている。
自分の知る限り、本物の月はあんなふうに欠けたりしない筈だ。

夢の中だ。
この森は、自分の夢の中にレーヴが作り出した世界だ。

レーヴは、この世界に自分を呼び込んだ。
理由は、ちゃんと聞いたわけではないけれど、恐らくは自分と契約する為に、だ。
契約をして、約束をして、失った力を取り戻す為だ。
契約をした他のエンブリオから力を奪う為だ。

「夢の中でも眠るくらい、眠かったのかい。 ルカ」

身体を起こすと張本人がそこに居た。
レーヴ。
この夢を作り出した、エンブリオ。

「……知らないみたいだから教えておくけれど、ルカ。 夢の中で眠るのは、危ないよ」
「っえ、」
「だって、ルカ。 此処は、きみの夢の中だけれど、僕が作った夢だよ」
「それって、危ねえの？」
「危ないよ。 何度も言うけれど、きみは僕が作った夢の中に居るんだよ？」

危ない、と言うワリに、レーヴの声音に危機感は無い。
なんでもないようなことを、なんでもないように話す声音と、何も変わらない。

「きみと契約したばかりの僕には出来なかったけれど、ルカのお陰で僕は着実に力を取り戻しつつあるんだ」

それについてはお礼を言うよ、と添えて、その小さな頭をひょこりと下げる。
くすんだ青色と、眩しいくらいの白色が入り混じった、ウサギの形をした影のよう。

「うん、……よかった」
「だから危ないって言っているんだ、分からない？」
「…………」
「きみには危機感が足りないみたいだね、ルカ」

お前は危機感が無さ過ぎる。
似たようなことを、と言うより、意味としては同じだろうことをシズにも言われたことがあった。
笑って誤魔化そうとするのは多分、悪い癖だ。

「いいかい、ルカ。 きみは僕と契約しているからいいけれど、もし、きみと僕が契約していないとして、」
「……うん」
「僕が、きみの夢の中に、この夢を作ったとしよう。……僕は、きみと契約していないよ？」
「……うん、」
「僕には、きみを夢の中に呼び込んで、そのまま閉じ込めてしまうことだって出来る」
「閉じ込める？！」
「そんなに驚くことでもないよ、此処は僕の作った夢なんだから」

でも、ああ、そうか。
この夢を作ったレーヴには、難しいことでもなければ、それくらいが出来て当然なのだろうか。
出来るようになった、と言う方が、正しいのかも知れない。
力を失っていたあの時は、それが出来なかったのだと思う。

「……閉じ込められたら、どうなるんだ？」
「夢の中から出られない以上、眠りから目を覚ますことも無いよ」
「…………」
「安心しなよ。 さっきも言ったけれど、きみと僕は契約しているのだから」

そんなことしないよ、と、表情の無い、ウサギの影のような姿をしたレーヴの声が笑う。

「じゃあ、さっき危ないって言ったのは、」
「ほんの冗談だよ」
「……そ、っか」
「でも、約束を守ってくれていることには感謝しているし、もう少しで元の力を取り戻せそうなんだ」
「……ほんとか？」
「これも本当だよ」

小さな笑み声。

「……元の力を取り戻したら、どうするんだ？」
「どうするって？」
「約束って、レーヴの力を取り戻す為に、協力するってこと、だよな」
「そうだね」
「……力を取り戻したら、どうなるんだ？」

約束は、つまり、果たされるのか。
果たされた約束は、どうなるのだろうか。
何も、無くなったら。

「どうもしないし、どうもならないよ。 僕は僕の力を取り戻すだけさ」
「契約は、どうなるんだ？」
「だから、どうもならないよ」
「…………え、っと、」
「僕は契約に期限なんて設けていないよ、居なくなったりもしない」

どうしてか、今までそうしなかった理由が自分にもよく分からなかった。
少し手を伸ばせば届くだろうと、そう思って、触れられるだろうと思って、手を伸ばす。

レーヴに触れようと、する。

届いた筈が、その手はレーヴの形をなした影のようなものをすり抜けて、触れられなかった。

「……きみは何してるの」
「触れるかな、って、思って、」
「僕に？」

頷いて返すと、笑われてしまった。

「それは無理だよ、少なくとも今は、まだ」
「今は？」
「力を取り戻すことが出来たら、できるかも知れないけれど」

言うと同時に、その姿形が、砂のようにざらりと消える。
あっという間に風が吹き飛ばして、そこには何も残らなかった。

夢から覚める、その前兆だ。
　
　

面と向かって己が出自を尋ねられると、僅かに目を逸らし。

二人の少年に向けて、言葉を続けつつも。
その瞳は、その背後にある中空を追い掛け続けていた。

己が質問に、少年たちの所作が止められると。
こちらもまた首を傾げ、二人の姿を見回しながら言葉を続ける。

困惑する二人の顔を見つつ、こちらも疑念の顔を示し。
ふと、得心の行った表情を二人に向ける。

それから、色の違う双眸で二人を見て。

少しだけ、逡巡。
言うまでもないことだろうが、と、口を開く。

それだけの、分かりきったことを。

常とさして変わらない、ぴんと来ないような表情だった。

胸を張る姿に、少し羨ましそうに呟いて。

ほんの少し、困ったような表情を浮かべて。
最近呼び捨てするように言われる事が多いなあと思いつつ、
確かに、近い歳の同性に敬称をつけるのも、と数秒考えてから頷き。

くすくす笑って言いつつ、握った手を二、三度軽く揺らして放し。

――なんて言っているが、言っている本人（本狐？）も子狐の姿である。

にやりと笑うも、どこか元気の無くなったルカの様子に口をひん曲げて。

　依然として、ルカのエンブリオは謎が多いし、実際に会った訳でもない。
　だから何も分かりはしないのだけれど――何となく、そんな感じがした。

　てっきり、エンブリオ自身がブレスレットに姿を変えたと思っていたらしい。
　そう訊いてから、

　余りに急ぎ過ぎていて、名前を訪ねる事すら忘れていた。一息ついて、二人を交互に見てから改めて聞き直す。

　にかっと微笑んだ後、付加が施されるのを真剣な様子でじっと見つめ始める。　

　キラキラ、真剣なのは確かだが、それ以上に興味津々、もとい好奇に目を輝かしていた。