集められた土。種と肥料の袋。大量の鉢植え。
　屋敷の隅にある、ひときわごみごみとしたその一角に腰掛けて。ゼゼは今日も実験と作業をしていた。

　水糊を貼り付けた鉢に土を盛る。そこに種を植え、また次の鉢へと移る。
　淡々と淡々と。同じ動作を繰り返す地味な作業をゼゼは暇を見つけては行っている。
　傍目には単調な作業の連続に見えるが、その実そうでもない。肥料の調合や土の試料等を毎回変えて新たなサンプルを作っているので、実際は見た目よりも手間がかかっている。

　まるで何かに取り憑かれているみたいだ。既に見慣れた契約者の習慣を眼にしながら、プレソはそう思った。

　ゼゼの目的が何かを知っている。花や植物が好きなことも知っているし、楽しくなければ続きもしないだろうと思う。
　しかしゼゼの姿に、夢中になっていると表現はそぐわない気がした。
　背負い込んだ使命の重圧か。それとも芳しくない実験の成果に焦っているのか。
　直接聞くつもりもないが、憶測はいくらでも出来た。

　ただ、今は特にその違和感が強く感じる。没頭してはいるのだが、どことなくいつもよりも淡泊に見える。


　どうしたのだろうか。そう思い、何気なくできあがった鉢植えの一つを見たとき。
　プレソは小さくため息をついた。

　プレソは作業を続けるゼゼへ呼びかける。
　だがゼゼは応答することも、手を止めることもしない。

　変わらず。ゼゼは作業の手は止まりもしない。

　土を混ぜる手が止まった。

――アイ？　なにそれ？
　そう言葉にするよりも早く、遮るようにゼゼの言葉が継がれた。　

　今まで気付いていなかったという趣旨の発言を、大まじめな顔で言うゼゼ。

　
　そんな様子に呆れを覚えつつ、ゼゼが今抱える鉢植えを指さし、プレソは言った。

　憮然としたままゼゼは手にしている鉢を見ると、

　ゼゼは己が目を疑った。
　鉢植えの中の土の表面には、薄らとだが水が張っている。水分過多の証拠であり、乾燥条件の実験に用いる状態ではない。そればかりか、土の上には多量の種がのっかっている。一握りで取った種を何も考えずに全部蒔いた、まさにそんな有様だった。

　全部の鉢を見て、その惨状にゼゼはがくりと肩を落とす。プレソの言ったとおり、大半の鉢植えは水が多かったり、土を固め過ぎたり、良好なものは最初の方に作ったごく一部のみ。ほぼ完全に無駄である。

　これのどこが。周囲の失敗の群を一瞥し、プレソは内心思う。

　こんなところ？　とゼゼは自分の発言に首を傾げた。
　ここは竹林の屋敷の隅。小川はここから離れたところに位置している。
　また水球を作り体を浮かせているのか。そう思い、確認にプレソの足下を見た時。
　ゼゼは愕然と目を見開いた。

　慌てふためき指さして、ゼゼは目の前にあるものへと叫び返す。

　プレソはマーメイドのエンブリオ。
　上半身は人型だが下半身は鱗で覆われた魚類のそれ……のはずだった。

　今のプレソは腰に橙色の布を巻いていた。どこかで拾ったか破り取った様な跡があるそれを、ちょうど腰から膝丈あたりまでが隠れるように着用している。

　膝丈である。

　布の下へと伸びるのは、すらりとした二本の足だった。
　鱗は一枚も付いていない。上半身と同じ白い肌と、裸足の小さな足首が地面にしっかりと付いている。

　バリオなどそれで相当割を喰っていたというのに。

　歯に衣着せぬ物言いが目立つプレソ。それが急に困ったように口を閉ざす。
　
　珍しい事が続くな。
　奇妙に思ってしばらく待ってみると、やがてプレソは意を決した様に口にする。

　これは予想の斜め上過ぎるな。
　靴を履きたい、ときたか。

　うなだれて嘆息するゼゼ。明らかにいい顔はしていない。
　といっても、それはプレソも見越していた。構わずすっと手を差し出す。

　やはり即座に突っぱねられた。
　だがある意味、試料の失敗以上の疲労がゼゼの背にどっと乗ったのだろうか。さっきよりもうなだれて見える。
　もう一押しすれば、うんざりして首を縦に振らないだろうか？

　一呼吸置き、

　その一言を聞いた途端に、ゼゼの顔が強ばりを見せる。

　『だれ』という言葉を選んだのは、やっぱり正解だった。
　ゼゼが言いかけた奇妙な単語。それ聞き逃さなかった自分に感謝しつつ、プレソは小さく痛快な笑みを作った。

　もっていけ、とゼゼは諦めたように呟いた。

　そう言ってゼゼはその場を後にして、屋敷へと入っていく。
　その様子を見送ったプレソは、その場にぺたんと座り込んだ。

　ため息と一緒に呟いた直後。
　プレソの足が光に包まれると、もとの鱗に覆われた人魚のものへと変化した。
　魚を陸で歩かせる芸当なのだ。これに負担がかからないはずはなかった。
　バリオに運んでもらうのはこの問題も込みで考えている。

　人混みを嫌うであろうトカゲの嗜好を考えると、逆に息苦しさを覚えるかもしれない。
　それでも、いちいち一人で抱え込んでバリオやコリト達の気を揉ませているよりかマシだろう。正直見ていても鬱陶しい。
　それに自分は目当てのものを手に入る。靴や服が欲しいのは本音なのだ。

　この点だけは良しとしよう。

話終えてから反応を聞いて

と小さくつぶやいて

それに蜂の子は好きだからな。

　異形を威嚇する様に、尻尾を地面へと叩きつけた。