■水辺：星屑の小川にて

「…では、球体関節ではなかったのですか」
　ほむ、と納得し直したわんこの嬢ちゃんに浅い溜め息。
「せや。膝まではめくったっても構わんが、腰周り見せェ言うんは外では勘弁してや」
「イリマセン」
　平淡を凍りつかせたかのような棒読み。
　殺意を投げつけられなかっただけマシだろう。
　竜の嬢ちゃんと離れ離れになることに、別行動した最初の頃こそ情緒不安定な様子を露にしていたものの、少しは取り繕えるようになっている、のだろうか。
　それが、思いの深さのせいであれ何であれ。

　…ならば、いっそ、
　失うくらい、ならば、なんて。
　切実であればあるだけ、身を切られ、実をもがれそうな、思いであるほど。
　そんな様が見たくなってしまって。

「何をニヤニヤしてますか」
「ぅん？　いやぁ、川沿いは涼しくてエエなぁと思て」
「寒くなったら寒くなったで真っ先に文句言いそうな」
「ふふん。期待には応えるで」
「イリマセン」

　それは、きっと、甘露に似た雫であることだろう。

「ぁー…」
「ナンデスカ」
「味見がしたい」
「はい？　…むっ、曲者ですか！　水中の気配を察するとか、驚きの意地汚さ！」
「ぅ、うん。今のは、そういうんと、違うで？」
「倒さないと食べられませんよ！」
「何か牙剥いとる顔が怖くてあんまり食べとォない」
「好き嫌いしては大きくなれませんよ！」
「…すると、嬢ちゃんはキライなもん多そうやな…」
「残念そうな目で見下ろさなーい！！」

　吠える姿に思わず笑いそうになって、降参の手を上げながら顔を背ける。
　眼鏡を押し上げる動作で、口元を隠す。
　よだれ…垂れてない、大丈夫、うむ。
　左手首の紐を解く。
　ぽとりと、落ちる。
　口と、右手とで結び直す。
　右手拳を前方に構える。
　左手指が前方に向かう。
　背の低い、背を低くした娘が走る。
　追いかけなければ、もののついでの敵意を向けられかねない。

　それが切であるならば、それは、それで。
　しかしまだ、足りない。
　ゆっくりと、たっぷりと、必要な時間と労力を払わねば。
　
　私のための花実を咲かすには、まだ、足りない。
　そのためであればこそ、異界の他人事などという些事に。
　この私の、右と左の手を貸すのだ。

頭を撫でられ、くすぐったそうにしながら

差し出された右手を握り返し、上下に振る。