バーンハード・ワーレイ。

　人狼パックの運営は、実際の狼の群れとよく似ている。

　パックの頭脳であり、全ての意志決定を行うアルファ。
　パックの存続とアルファの意志を最優先とし、叶えるためなら己すら盾や弾丸にするベータ。
　下位の狼たちを纏め、彼らの庇護者としてパックを支えるガンマ。

　彼らの意志が同じ方向を向いている間は良い。
　ひとたび意志が決裂すれば、血で血を洗うような内部抗争が勃発する。
　アルファは首をすげ替え、ガンマはパックを見限り、ベータは異分子を排除する。
　そこに妥協の文字は存在しない。

　そういった問題が起きぬよう、目を光らせるのがデルタの仕事だ。
　助言者であり代役。長く生きた人狼だけが収まれる“特等席”とも言えるだろう。

　若い時間の長い人狼、老境に入るものはとても少ない。
　大抵、若い内に戦場でなくなるか、パック内の抗争に敗れて一匹狼となってしまう。
　老境に達した人狼は、非常に頭が良く“強い”個体といえるのだ。

　それだけではない。
　ロルのデルタであるバーンハード、彼には卓越した政治力がある。
　元々、わたくしやオーガストの属していたパック“シルト”でも、無能なアルファの代役として采配をふるっていた。
　むしろ、アルファよりもアルファらしい立振舞故に、代行とはいえ外交面で不利になる事は無かったと聞いている。
　人狼らしい直情型の性格をしているが、大抵の欠点は裏方向きのオーガストが補ってくれた。
　故に、人狼パックに起こる問題は、全て熟知しているといって過言でない。

　オーガストと彼は、良いベータと良いアルファの典型だった。
　彼らがシルトのアルファとベータになれなかったのは、ひとえにわたくしの母と、彼らの血が原因だろう。


　彼は厳格な騎士を思わせる男だ。
　騎士であり戦士でもあり、そして王にすら見える男。

　彼はその身に鎧を纏う。
　人狼の平均を優に超えた巨体は、重苦しい石塊を纏おうと、息切れすることなく戦うことが出来る。
　しかし、全ては遅かった。一番守りたかったものの騎士にはなれなかったのだから。







　エンブリオ固有の特性か、人狼達の性格によるものか。
　わたくしの従える人狼達は、それぞれで顕在化の方向性が異なる。

　ヒューバートのように何時でも自由意志で姿を現す者。
　オーエンやトニー、オーガストのように実体化の度合いが非常に強い者。
　レイフのように、他者と共に顕在化しても姿を保てる者。

　ダグラスはレイフと同じ“ひたすら生命力の消費量が少ないエンブリオ”らしい。
　自身に与えられた技能さえ利用しなければ、他の人狼達と同時に顕在化できるようであった。
　故に、今回の“難しい契約”に於ける立会人は、レイフではなく彼に任せることにした。
　軍人として階級の高い人狼には、それなりの人狼を当てなければいけない。

「サー・バーンハード。久方ぶりです」

「うむ。御主も達者のようだな、ローリング」

　ガーゴイルを糧に蘇った者を、ダグラスは“人間達が行う軍隊式の敬礼”で出迎える。
　パック内のナンバーはダグラスが上でも、軍人としてのキャリアはバーンハードの方が上だ。
　人狼にしては珍しく、非常に真っ当な思考回路の持ち主だけに、こういった細々としたところに気を遣うらしい。
　そのうち胃に穴でも空きやしないかと心配になる。

　一方のバーンハードは、ダグラスの細やかな気遣いなど何のその。
　周囲をじろりと睨め付けて、最後にダグラスの顔を射抜く――レイフだったらこの時点で失神していただろう。

「それで、儂は何故此処に居るのだ」

「えぇと。バーンハードおじさま――」

　手で示される“口を閉じろ”という指示。
　ダグラスの榛色の瞳は閉じられ、首を左右に振る――おそらく、説明が面倒になる前の対処だろう。

「レディ・ロルは密命を帯び、メルンテーゼの“一揆”に荷担しております」

「死者を引き連れてか。敗残兵にすらなれなかった我々を」

「ヴォルフスムーンの人狼は、首を落とされてもなお敵兵に齧り付く者を“勇者”と呼びます。
　幸星の手で書庫へ格納されて尚、牙を剥く我々が“敗者”と呼ばれる筋合いは有りますまい」

　生真面目な男には珍しい“詭弁”。
　老人狼はふんと鼻で嗤う。

「まあ、いい。シドニーの為ならば何も言わん」

「御理解いただき感謝いたします」

　軽くお辞儀をするダグラスには目をくれず、バーンハードは再び周囲を見回す。
　そうして、疑問でも有るかのように眉をひそめた。
　当たり前だ。どういう訳か――私達がいる場所は“地下牢”なのだから。

「敵は囚人をうち捨てたまま戦場としたのか」

「いえ、おそらく……」

　ダグラスはふっと天井を仰ぐ。
　あたりに立ちこめる“におい”を嗅ぎ付けるや、皺の寄った眉間に更に皺を刻み込む。

「死兵よりも、更に恐ろしいものとして利用しているようです」

満足した風で馬車でくつろいでいたが、エミリーがお掃除ドロイドを取り出したのを見て慌てて起き上がる。

あのあと結局湯屋の子に便乗して４人掛かりで温泉に突撃、
走り回ったりと散々だったため一気にリフレッシュした４人であった。

身も蓋もない。

本当にこういうしょうもない開発だけは早い！

お掃除ロボットには良い思い出が無いからだろう。
老貴婦人は社長夫人から離れるように後ずさりはじめるも……。

馬車が奥へと進むにつれて、巨浪は低くうなり声を上げる。
荒々しいそれを馬車の上から聞きつけるや、老貴婦人は忌々しげに言葉を吐き捨てる。

馬車を引く運び屋に向けて一喝。
老貴婦人のアルトは、馬車の車輪の音を切り裂いて響き渡る。

しかし、車輪を力強く引く蹄の音は、止むことなく―――

御者台から振り返ることはなくが、明るい声で応えると、
老貴婦人に呼ばれた名とは別の、もう一頭の馬がその角をキラリと光らせる。

主の問いに風の力を司る馬は、漂い始める臭気を祓うように尾を一振りする！

どうにも教会という概念がよくわかっていない模様。

ダークブロンドの巨浪は、強烈に強まる臭気に思わずくしゃみをする。
もはや原型すら留めぬ死者の群れを目にするや、うなり声を上げ、怯むことなく威嚇しはじめた。

嗜める老貴婦人を横に笑い飛ばせば、背中の弓に手を伸ばす。

魔改造されたお掃除ドロイドの殺傷力を目の当たりにして思わず叫ぶ。

何やらまた勝手にどこかに走りだしてしまったようだ。今度は縦回転で。

戦いの後に背を向けると肩越しに低く呟き、ニカッと笑ってから御者台に飛び乗る。

相手方のチーム名を見るや、口にするのもおぞましいと言わんばかりの様子で己の肩を抱く。
ほんの僅かに髪が逆立った様に見える。

アクスをぶんぶん振り回しつつ