――かくして時は、翌日の目覚めまで "巻き戻る" 。

　欧風ベッドの寝心地は、とても快適だった。
　そもそも、太陽の匂いがする布団に包まれること事態、実に三桁ぶりである。

　仲間達の紹介後、メイアからは、ツヅミが移動喫茶で過ごすにあたってのルールについて色々と説明された。
　その中のひとつに、移動喫茶のキャストとして店に出て欲しいというものがあった。
　キャストとは、どうやらウェイトレスに似た職務のことを示しているらしい。

　ただで泊めてもらえるとは思っていなかったので、仕事の要請は快諾する。
　接客商売などやったこともないが、出来た妻を演じるよりは簡単だろう。化かすのは得意だ。

　あくびをしながらフロアに出ると、既に食事が用意されていた。

　昨晩のきつねうどんも相当に美味しいものだったが、朝食として出されたトーストの味にツヅミは唸る。
　焼いたパンにバターを塗っただけの簡素な料理が、とても濃厚で、味わい深い。

　もちろん美味しい料理を作れるからこそ、セラは年若い身でありながら調理場の全権を預かるシェフのだろう。
　だが、移動式の喫茶店では、仕入れられる食材や調味料に制限が出るはずだ。
　少なくとも、街の市場に通って素材を確かめる、などという余裕があるとは思えない。

　それなのに、たかだか朝食が、これ以上ない絶品というのはどういうことなのか。

　贅沢に馴れることほど恐ろしいものはない。
　心に余裕が出来れば、欲望は果てしなく膨らんでしまう。今のツヅミにとって、欲望は抑制しなくてはならないものだ。
　しかし今は食欲に忠実であろうと、ツヅミはトーストを頬袋いっぱいに頬張った。

　はむはむと咀嚼していると、ふと周囲がざわめいていることに気が付いた。
　不安そうに動き回っている驢馬耳の少女を捕まえて、何事かと尋ねる。

「そ、その……、王城からやってきた兵士が、店を臨検させろって……」

　兵士とな？
　首を傾げ、トーストを咥えたまま、野次馬を掻き分けて窓へ歩み寄る。

　閉め切り窓の外、馬車の出口付近に数人の人影が見えた。兵士の数は４名。
　距離を空けて、腕組みをして仁王立ちしているのはメイアだろう。特徴のある兎耳がピンと伸びていた。
　流石に声は聴こえてないが、何やら激しく問答をしている様子が伺える。

「店を隠れ蓑にして一揆を支援しているんじゃないかって、疑われているみたいで」

　先程の驢馬耳の少女が、不安げに補足してくれた。
　

　むしろ加担しているというべきか。

「ええ、まあ……」

　少女は歯切れ悪く答える。

　昨晩は皆と話をさせてもらい、幾分か打ち解けることが出来た。
　それでも、まだ出会った翌日なのだ。
　驢馬耳の少女は、困ったように、俯いて口をもごもごとさせている。

　そんな彼女の頭を、ぽんぽんと優しく叩いてやった。
　この馬車に匿われている獣人たちは、迫害されてきた者がほとんどである。
　秘密結社ホケン・ジョーは王都の深部にも喰らい込んでいると訊かされたし、ならば王城の兵士は恐怖の象徴だろう。

　窓の外、兎の半歩後ろで牙を剥きだしている仔狼を見つけた。獣姿は初見だが、間違いあるまい。
　獣毛に覆われて四足で大地を踏みしめる姿は、可愛らしくさえ思える。
　しかし彼は、明らかな威嚇を放っていた。

　――袖の下を渡し、この場は大人しく引き下がってもらう。
　処世を考えるなら、妥当な振る舞いだろう。
　仲間に危害が及ばないように戦いを避けて適切に動くのが、店を護る主の務めであるはずだ。
　であるのに、これ見よがしに殺気を撒き散らすリオンを傍に置いては交渉も捗るまいに。　

　事の推移を見守ろう。自分はまだ、新参者なのだ。
　そう考え、窓から眺め続けていたツヅミは、ほどなくして己の見識の甘さを知らされる。

　視線の先、メイアが背負っていたライフルに弾薬を装填して構え、兵士めがけて撃ち放ったのだ。
　ふきとぶ兵士。どよめく野次馬。何が起きたかわからず、呆けてい仲間の兵士たち。

　緑茶を噴出したツヅミにびくりとして、それから言葉遣いが変わったツヅミにへらっと笑ってみせて、

　そこで言葉をとめて、考える素振りを見せてから、

ほんと、永遠に追い付けないよ~なんてため息混じりに

ぴっと中指とひとさしゆびをくっつけてつきだすとそこへ赤みがかった札が顕現する

くすくす

他の世界には興味もあるので聞いてみたくはある

どう返すか一瞬悩んだ挙句

ツヅミの頬を触りむにぃ〜っとしようと手を伸ばす。

妖艶そうな笑みを浮かべ微笑んだ

言うと夕暮れ色に染まった空を見上げ。

ツヅミを振り返ると嬉しそうに微笑む。

まだ飲んだことないんだ、と好奇心に満ちた瞳でねだり。

そして初めて聞くツヅミの昔話には静かに耳を傾ける。

聞き終えると小さく呟き。
再び自分に向けられた問いに難しい顔をして暫し考える。

言うと自分の首に嵌めている粗末な皮の首輪に手を軽く触れて目を伏せ微笑み。

抱き締められたのに一瞬身体を強張らせるが、すぐに力を抜く。
掻き抱かれた胸の暖かく柔らかい弾力のある感触に、自然とリオンの心臓の鼓動も早くなり。
ふわりと漂う甘酸っぱい香りに包まれながら、ツヅミの瞳を至近距離で見つめ返す。

得意げな様子に笑みを零して。

澄んだ水をそのまま人型にしたようなエンブリオは、ツヅミを見上げ戸惑いがちに答える。
しかし、飴玉を見るや頬を綻ばせた。

ウンディーネは目をキラキラさせながらツヅミを見上げている。