10.


　まさかこれほど退屈だとは思いもしなかった。タンポポ荘を一通り回り終えると、ピアはいよいよやることがなくなってしまう。リチェッタを休んだだけでこれである。我ながら呆れるほどに無趣味だと思う。こんなことなら自室でじっとしいればよかったが、いまさら戻る気にもなれない。待つだけならいつまでだって待てるが、一度行動しはじめると、何をしていいのかわからなくなってしまう。
　ポポロなら、こういうとき困らないんだろうな。
　住人にちょっかいをかけたり、自分から騒ぎを起こしたりするに違いない。それに最近は住人から裁縫やら何やらと教わっているようだ。見たもの触れたものを瞬時に模造してみせるポポロが裁縫だなんておかしな話である。まあどうせ「面白そうだから」とかそんな理由でやっているんだろう。そもそも趣味というのは、得てしてそういうものなのだろうけど。
　部屋を出たときは白んでいた空も、今ではすっかり晴れ渡っている。天窓から見える雲の流れがいやに早いのは天気が崩れる予兆などではなく、空飛ぶタンポポ荘から見ているからだ。
　わたしも何かやってみようか。
　不意にそんなことを思う。やるなら何がいいだろうか。普段はそんなこと思いもしないくせに、すっかり退屈にまみれたピアの頭の中は、すんなりとそれを受け入れた。
　実を言えば、裁縫や工作といったものには苦手意識がある。手先は器用な方だと思うのだが、キッチリと仕立て上げたり構想通りに組み立てるといった作業は途中で放り出したくなるのだ。コーヒー作りが好きなのだって、入れ方ひとつでがらりと味が変わるのが好きだからだ。多分、自分は根が大雑把な性格なんだろう。
　他には何があったか。思い浮かべるのはタンポポ荘の住人たち。ピアは無意識に彼らの姿をたどって、自分に合いそうなものを探している。料理、常人より味覚が薄いので自信がない。絵画、恥ずかしくて描ける気がしない。音楽、
　音楽。
　そういえば、最近チェロに触れていない。そもそも最後に弾いたのがいつだったのか思い出せないぐらいだ。
　久しぶりに弾いてみても、いいかもしれない。
　ずっとそんな気になれなかったのに、今はそう思えた。
　誰も見ていないのをいいことに、ピアの顔に苦笑が浮かんだ。おそらく数十年ぶりであろうチェロを弾くなら、まずは一人でゆっくりと弾きたい。ポポロに気づかれないよう準備をし、見つからずにタンポポ荘を抜け出すのは、なかなか骨が折れそうだ。
　狙い目はやはり夜更けだろうか。ピアはそんなことを考えながら軽い足取りで階段を降りると、人影が視界にはいって無意識に表情と姿勢を引きしめる。今の今までどんな顔をしていたのか、鏡を使って見せてやりたい。
　ピアは無表情のまま、頭の中では先ほどの続きを思い巡らす。
　チェロを弾く場所は花咲く広庭か。それとも輝く小川がいいだろうか。



　しかしまずは、チェロよりもお茶会である。
　そろそろ退屈も限界に近い。待ち遠しさのあまりか、気づけばピアはタンポポ荘の外へ出ていた。
　絨毯のような感触を返してくる芝生をピアは踏み歩く。タンポポ荘だけでなく、今歩いているこの大地もまた「ポポロそのもの」らしいが、草木に関してはどうなのだろう。人の体内にも様々な微生物が住んでいるというし、なんとなく群生しているものはポポロではない気がする――なんて、詮ないことを考える。
　立ち止まり、あたりをぐるりと見回す。
　そこにはポポロの姿はなかったが、アニマがいた。

　相変わらず、どこからどう見ても猫である。
　そんな猫のようなライオンのアニマとは、平原でぽつんと一匹でいたところを見つけてからの付き合いだ。本来の契約者には捨てられたか、あるいははぐれたのか。おそらく後者だろうが、そのあたりの事情は聞いていないし聞こうとも思わない。
　だけど、そういう理由があってのことだろう。アニマがよく外にいるのは。
　自分の中にある信念を曲げないタイプ。幼いライオンという見た目のせいもあって、ムキになって家出をしてしまった子供のようにも見える。

　退屈だったから、話相手が欲しかったのだと思う。
　ピアはわざと足音が立つようにアニマに近づいた。当然、アニマはすぐに気づいて顔をあげる。

　会話らしい会話は、それだけだった。
　ピアは何気ない動作でアニマの側に座り、アニマはそれを気にもとめず目を閉じてただ受け入れる。
　流水のような静寂の中、不器用な一人と一匹が共に過ごす。
　眼下に広がるメルンテーゼの景色。
　今だけは、一揆という闘争行為も、遠い下界の出来事だ。

　　　＊

　けたたましい声。一瞬だけ、ポポロかと思ったがそうではない。
　ピアはタンポポ荘のように浮遊していた意識の焦点を合わせる。いつからそこにいたのか。目の前にポポロのアルラウネがいた。ピアの目線と同じ高さで、人形サイズのその身体をふわりと宙に浮かせている。

　別に寝ていたわけではないのだが、それを言うと面倒なことになりそうなので、言わないでおく。
　横目でアニマを見ると、剣呑な視線をアルラウネに送っていた。ピアを注視しているのか、あるいはわざと見ようとしないのか、アルラウネはアニマに気づいていないような素振りだ。この二匹の相性は悪いだろうなと、ピアは心中で思う。

　珍しいこともあるものだ。ピアは無言で先を促す。
　すると、自分から言い出したくせにアルラウネはもごもごと口ごもる。言いにくいことなんだろうか。

　意味がわからない。
　アルラウネはピアのその反応を予想していたのだろう。決まり悪そうに顔を歪めて、

　ピアは思わず怪訝な顔をしてしまう。
　言ってることはわかる。わかるが、

　ようやく理解した。「言うだけ言って話を聞かないポポロ」は容易に想像ができた。
　しかし、今注目すべきところはそこではあるまい。

　ピアは堪えきれずに漏れ出た笑いを、深くうつむくことで隠そうとした。
　横から見ていたアニマには見えていたが、正面にいたアルラウネは気づかなかった。それでも何か感じるものがあったのだろう、眉根を寄せてジットリとした視線をピアに送り、

　昨日のポポロの言葉を思い出す。
　――ああいう方に限って、意外な一面があったり。
　なるほど。どうやら自分は存外に見る目がないらしい。

　真にそう願うなら、端から相手にしなければいいのだ。たとえ悪感情であれ、自らの足で他者に近づけばそれは、相手に自分のことを教えたい、知ってもらいたいと言っているようなものだ。ピアにはそれがよくわかる。

　ピアのその言葉に、アルラウネは明確な怒りの表情を見せる。歯ぎしりをし、攻撃的な言葉を口にしようとして――唐突に、口をつぐんだ。視線がタンポポ荘へと向く。

　アルラウネのその言に、ピアは目を丸くさせ、

　アルラウネ。古くから伝説や伝承をもつ植物――だったか。確かに花の神であるポポロとは相性がよさそうだ。

　そう言ってクスクスと笑うアルラウネ。相手の悪意を引き出させようする態度と言葉。
　ピアはできるだけ感情を乗せないように息を吐いた。何百年と生きてきたピアの目には、アルラウネは幼い子供のように見える。

　上機嫌にそう言って、アルラウネはさっさとその場から姿を消す。
　あんな性格でよく今までやってこれたものだ。あんな、近づく者すべてに刃を突き立てるような生き方をずっとしていたのだとしたら、ある意味で畏敬の念を抱かずにはいられない。
　そんなことを考えていると、不意に微かな視線を感じた。反射的にそちらを見るとアニマと視線がばっちりと合う。

　案外、アニマとアルラウネは気が合う者同士なのかもしれないなと、ピアは思った。そんなこと言ったら噛まれそうだけれど。
　そして、先ほどアルラウネが予見した通りに、タンポポ荘の扉が開く音がした。

　両手を力の限り振って走ってくるポポロに、片手をあげて応えるピア。アニマはそっぽをむいたまま。
　満面の笑みをたたえるポポロを見ながら、ふと、ピアは先ほどのアルラウネの言葉に思いを巡らせる。

　――アナタたち、エンブリオみたいな関係なのにねえ。

　さて、あれは一体どちらが契約者で、どちらがエンブリオのつもりで言ったのか。
　他愛のない想像は、すぐに柔らかな風に吹かれて、たちまちに消えてしまう。
　流れた思いは、二度と戻りはしまい。

　ポポロが笑い、ピアがそれに応える。
　ただそれだけだった。

　そんなやり取りをしてから何日か経ち---
　ロッテは材料一式を揃えてポポロの部屋へやってきた

　ちゃんとポポロちゃんに伝わっているかな‥‥？とドキドキしながらも
　慣れた手付きで、ゆっくりとわかりやすいように丁寧に作業を進めていくロッテ
　

　ただの太い尻尾にしか見えないパーツをふりふりしながら説明している
　本当にこれが変型するのだろうか……

一瞬鼻かとおもったけどそんなわけないよな、と考え直す隼人

明らかに不評の原因は失敗作が多いことなのだけど、褒めてもらえて心が踊っている
本人は全く気がついていないようだ。マジックハンドのようなアームをガシャガシャ動かし
照れ隠し（？）している。

うむむ…と唸りながら数秒考え…直後手をポンと叩く。

そして突拍子もないことを言い出す始末。

もはや支離滅裂であった。

じー、と少しの間ポポロさんをみつめた後、首を傾げました。
ちょっとよくわからなかったようです。

無事に目的地に着いた事に安堵します。
そして快諾の返事をもらい

喜びの表情‥‥こそは作れませんが、ともかく嬉しそうに身振りで感謝を伝えます。

嬉しさで少しはしゃぎ気味で早口になりつつさらに話しかけます。

前者はただの興味からですが、後者は人任せに辿り着いたので全くわからないという割と切実な質問だったりします。