
大使館のお仕事もだいぶ落ち着いてきたので、ユカラとアズちゃんにはこちらの高校に通ってもらう事となった。
数ある高校の中で二人が選んだ学校は、熾盛天晴学園(しじょうあまはらがくえん)
通称ハレ高と呼ばれるカスミ区にある、初等部と中等部もある私立のマンモス高だ。
風紀や学習環境もさることながら、アズちゃんが制服のデザインが良いからって理由で選んだ様だけど、ずっと通う学校だし制服の好き嫌いというのは結構重要な要素なんだと思う。
私の通ってた錬金術アカデミーは、いくつかの条件さえ満たしていれば自由な服装だったので、制服を着る機会が無かったから少し羨ましい。
入学手続きは保護者の同意が必要だったのだけど、わざわざユカラの保護者的立場のレイヤ先生やサクラをイバラシティまで呼ぶ必要まで無いと学校側からの連絡を受け、アズちゃんの両親の方にもお越し頂く事なく私が保護者という事で書類手続きを済ませる事が出来るようだ。
あくまでも書類上の関係ではあるのだけど、ユカラとアズちゃんの保護者なんだなあという責任感を感じたりなんだり。
ユカラ達が入学する前に、一足先にハレ高に行って手続きを済ませて来るのだった。
大使館からハレ高に通ってみて思ったことだけど、通学には公共の交通手段で電車やバスを経由するので、天候や交通トラブルがあった時に帰宅に支障が出ると困りそうだ。
そうだ、自動車免許を取ろう。
そしたら何かあったときにユカラやアズちゃんの送り迎えができるものね。
という旨を館長のロケットさんに報告した所、講習費用も車代も公費で出すので代わりに大使館の業務でも使って欲しいという事になって私は喜んで承諾した。
ロケットさんが、どうせ免許を取るなら集中合宿ができるプランにすると良いよとアドバイスしてくれたので、私は合宿免許WOOという所に申し込むことにした。
何か集中合宿で実質3日で免許が取れるらしいのだけど、免許ってそんな簡単に取れるものなんだね。
ユカラやアズちゃん、そしてマグノリアちゃんに3日ほど旅行に行ってくると伝えて、私は早速合宿所に向かうのだった。
「合宿免許WOOにようこそ!ククク、私が教官の堺(さかい)です。さぁ、これから楽しい教習の始まりですよぉ!」
大げさな手振りで案内してくれる髪型がオールバックのスーツのオジサマ。
はて。どっかで見かけた事のある様な顔なんだが?
「宜しくお願いします、私は佐藤深雪です。あの、3日で免許を取れると聞いたのですがどんな合宿プランなのでしょうか?」
何か目の前の禍々しい洋館を前にして不安になった私は、教官の堺さんに聞いてみることにした。
「ククク、良い質問ですねぇー!実は実質3日と言う意味で、この合宿所の中と外の世界では時間の流れが違うのです。だから免許を取得するまで未来永劫この合宿所から出られませんよぉー!」
「何それ怖い、帰ります」
私が踵を返して帰ろうとすると、腕をいつの間にか掴みにこやかな笑みを浮かべる堺さん。
「講習費用はご心配なく!もう十分すぎるほど頂いております。必ずや貴方に免許の取得を約束いたしましょう!」
「いや、その話じゃなくて!これ精神と時の部屋じゃないですか、めっちゃきっつい修行するんでしょ!やだやだー!」
「ククク、貴方とともに学ぶ生徒は既に合宿所で待機中です。貴方が最後の生徒ですから逃しはしません……残念でしたねぇー!」
そのまま無理やり引きずり込まれて合宿所に缶詰となるのだった。
合宿自体は同じ年齢ぐらいの女子達と一緒に自炊して生活しながら、延々と講習ビデオを見せられて合間に小テストやったり何だりとハードではあったけど、割とフツーの合宿だった。
実技に使う車がなんか黒塗りのタクシーみたいなやつで、あちこちぶつかった痕があってこりゃ運転失敗しても大丈夫そうだなという謎の安心感。
「さぁ、始めますよぉ!まずは貴方の思いのままに走らせてくださいねぇー!」
堺さんのなんかアバウトな教習であっちこっちぶつけた車はバンパーが外れるわガラスにヒビが入るわランプが落ちるわで一日の終わりにはズタボロになっているのだが、翌日にはそれなりに走れそうな程度まで直っているのが不思議だった。
「ククク、今までよく頑張りましたねぇー!これが最終テストですよぉ。路上運転行ってみましょー!」
そんなこんなで何日経ったのか覚えてないけど、ようやく路上運転を開始する事になったのだけど何か周りの景色がおかしい。
「あの、教官。道に歩いている人の動きがなんか変じゃないですか。こう、カクカクしてるみたいな?」
「よく気づきました!アレはみんなゾンビなんですねぇー!ククク、ゆっくり走っているとあっと言う間に群がって来ますよ。ゴールまで無事に走り抜けてくださいねぇー!」
「えっ、嘘。まぢだ!こっちに来るぅ!うわぁあああー!?」
アクセルをベタ踏みして車に張り付こうとするゾンビ達を振り切って、ひたすらに道路を走り抜ける!
なんだよこれ、バイオハザードとかスリルドライブじゃん!
私はゾンビとかホラーだめなんだってばよー!気絶しそうになるのを必死に耐えてアンパンマンの歌を大声で歌いながら運転していると、隣の堺さんは楽しそうにクククと笑ってた覚えてろよチクショー
途中で何人(匹?)かのゾンビをはねた気がするけど、あまりの恐怖によく覚えていない。
「おめでとうございます合格です!さぁ、免許を差し上げますね。これにて合宿は終了となります。気をつけてお帰りくださいねぇー!」
血まみれの車からヨロヨロと降りる私に、いつの間にか自分の写真の付いている免許証を堺さんが手渡した。
「も、もう車乗りたくないです……」
「いやいや、これから楽しいカーライフが始まりですよ。では、アディオス!」
教習所を出た私が背後を振り返ると、そこにあった洋館は跡形もなく消え去っていて堺さんの姿も霧のように消え失せていた。
だが、手元にはちゃんと免許証があるので夢では無かった様だ。
「車は軽じゃなくて頑丈なの買おう……」
心に誓う私だった。
「深雪ちゃんお帰りー♪旅行どうだった、楽しかったかな?」
大使館に帰ると出迎えてくれたアズちゃんがニコニコしてる。
あっ、そうだった。旅行って伝えてたんだっけ。
サプライズで免許取ったよーって驚かせる予定でいたのだけど、あんな体験した後だとそんなの自慢する気力が無かった。
「あ、うん……それなりに……はぁ」
ため息ばかりが出てしまう。
あんな恐怖体験話すとトラウマ掘り返してしまうので話す気にならなかった。
「お帰り深雪。旅行行ってた間の業務は俺とアズとマグノリアで片付けといたよ」
「あっ、ありがとう。助かったよ」
「で、お土産は?」
ユカラとアズちゃんが期待の眼差しでこっちを見ている。
「うあ。お土産、買ってない……忘れちゃってた、ごめん」
「えっ、そっかー。忘れちゃってたなら仕方無いよね。ドンマイだよ」
アズちゃんの励ましに対してちょっと冷たい目線のユカラ。
「まったく……自分だけ楽しんできて、待ってる人の事も少しは考えたら?大人なんだろ深雪は」
「うぐっ……正論過ぎてぐうの音も出ない。ごめんなさい、気をつけます」
何か踏んだり蹴ったりでグッタリしながら自分の部屋に戻ると、机の上にはロケットさんからの手紙が置いてあった。
ん、なんだこれ?ペーパーナイフで封を切って中身を読んでみる。
内容は私の教師免許はイバラシティでも通じるので、産休でお休みする教師の代わりにハレ高で非常勤教師をして欲しいという依頼だった。
え、ユカラやアズちゃんの通い始めた高校じゃんか。
先生として通う事があるなら、車の免許は取っておいて正解だったな、結果論だけども。
みんなで夕飯を食べるときに、その話題を二人に伝えてみる事にした。
「あのさ、今度から私もハレ高に通うことになったみたい」
「えっ、深雪も?21歳って高校何年生なの。制服は合いそうだから心配なさそうだけど」
深雪が先輩面するの笑えるなと、吹き出すユカラ。
チクショー、失礼なやっちゃな。
「違うよユカラくん、深雪ちゃんが学校に来るって事は先生の方だよ。深雪ちゃんにハレ高で授業してもらえるなんて楽しそう。んー、学校ではなんて呼ぼう、佐藤先生かなぁ」
アズちゃんは事情を察してくれたようで、私の説明が省けて良かった。
「うん、産休の先生の代わりだし非常勤だけどね。通勤するときにはユカラとアズちゃんを車で送って行くよ、その方が楽だと思うし」
「えっ?深雪ちゃん、車の運転できるんだ!すごいね。朝の電車でぎゅうぎゅうの所をパスできるのは嬉しいな」
アズちゃんが目をキラキラさせて微笑む。
免許この前取ったばかりなんだけどね、旅行の話を蒸し返すのも何なので最初から持ってる感じにしておこうね。
「車ってアレだろ。道路に走ってる速く動く鉄の塊の」
「そうだよ、通学に使ってるバスも車の仲間だよ。そこまで大きい車は買わないけど、そこそこゆとりのある車を買うつもりだよ」
まだ買ってないから、早く新車。見積もりに行かないとなあ。
ユカラにそんな事を伝えると、私の顔をじっと見るユカラ。
な、なんだよ。車に乗れるからって惚れるなよ?
「深雪が乗れる乗り物なら、俺でも運転できそう」
「なんだと、そんな簡単なもんじゃねーんだぞ。そんなら一度ユカラも運転してみたらいいじゃん、絶対ぶつけんなよ」
「ちょ、ちょっと!深雪ちゃんもユカラくんもやめようよ。無免許運転が見つかったら退学にされちゃうよ」
アズちゃん冷静なツッコミをありがとう。私もクールダウンしないとだ。
「そういうものなんだ?分かった。それなら運転は深雪に任せるよ」
「ま、まぁユカラもアズちゃんも18になったら免許取れるし、急ぐ必要は無いよ。今度の休みに車も見に行こうかー、しばらくお世話になる車だからみんなの選んだのにしよう」
私が提案すると、二人もコクリと頷いた。
「じゃあ、決定。それよりハレ高で二人がどんな感じに、紹介されたのかとか気になるなー。教えて教えて」
二人のハレ高デビューの話を聞きながら、わいわいとご飯を美味しくいただくのだった。