※各PL様に許可を頂き、テストプレイ時に存在していた施設の設定やキャラクター、ログを取り扱っております。
俺たちの街には、子どもの王国がある。
それは廃れたゲームセンターであり、ちょっとワケありの子どもたちのたまり場だ。
来る者拒まず去るもの追わず──その王国はゲームセンターの看板に紐つけて<ZOO>と呼ばれていた。
大人、学校、社会──それらの輪から逸れた子ども達の向かう先。と言っても自然発生的な集まりで、子どもの大半は素行が悪いわけでもなし、ガチの不良ってわけじゃない。要は子どもの子どもによる子どものための王国ということだ。
なんなら昔メンバーが警察と組んで事件を解決した実績があるとかで、たまに協力的関係を結んだり、未成年が夜遅くにふらふらしててもある程度目を瞑ってくれるくらいには贔屓されていた。
まあ、その事件とやらに関わった当事者はきっと活発に動く連中の話だろう。端で屯すだけだった俺達はあまり詳しくない話だ。
そう、俺や莉稲もその<ZOO>の国民だった。
王国の子どもたちはヘッドホンを着けたゾウの国章をプリントした缶バッジを【国章】として持ち歩き仲間としてつるみ合うが、特別何かを目的とした集まりではない。俺たちはその集団のゆるい居心地の良さに通いつめていた。
そこではメンバーの異能のおかげでゲーム筐体も動かすこともできたし、時々集まってゲーム大会を開くこともあった。ただエレベーター等は動いていなかったので、俺は莉稲を背負って階段昇降する度に足腰を鍛えられた──手すりに掴まり立ちして時間を掛ければ彼女一人でも不可能ではない──がその話は一旦置いておく。
集まる連中は大抵何かを抱えた奴らばかりだったが、それらを取り立てて詮索し合う必要もなかった。そこでは異能を持たない俺の疎外感も意識することはなく、干渉し過ぎない繋がりが心地良かった。
とは言えそれは、曲がりなりにもまだ“子ども”と呼べた頃の話。俺はもういい歳だし、なにより道を踏み外してしまっている。
こんな大人こそ、<ZOO>の子どもたちが忌み嫌うような悪辣な人間だ。
であれば当然、導き出される結論は一つ。大人になった俺はもう子どもの王国に入国する資格は無い。のだが。
「わーくん、上の階お願いしてもいい……?」
莉稲は二十歳に至るまでずっと、オトナコドモの面をして廃ゲームセンターに通い続けていた。子どもの王国に大学生以上のメンバーはさすがに少ない。居ない訳ではないが、国民の大多数が中高生の王国内ではすこし目立つ方だ。
けれど彼女は根気強く通い、俺は断りきれずそこに付き添い続けた。それはよく知らないガキにまで「わーくん」と呼ばれるほどに、ずるずるずるずると悪い惰性を長引かせていたのである。
そうして会うガキ共とすっぱり関係を絶たなかったのが悪かったんだろう。
俺は思いがけないところで不幸にも、王国で出会った一人の少女の秘密を俺は知ってしまった。知らないままでいれば、彼女に不自由を与えることもなかったものを。
事のきっかけは、なんとも面妖で摩訶不思議な話だ。
たまたま日の落ちた神社でタヌキとキツネ憑きの喧嘩に巻き込まれた、なんて言って一体誰が信じるだろう?
タヌキとキツネ、それぞれに縁ある生き方を背負う少年少女へ俺は争う火種を与えてしまったらしい。
あの晩の俺は頼まれた迷い猫を探すため因幡うさ子に変身し、神社を訪れていた。猫を追いかけていただけの筈なのに、俺は目を潰されかけるわ彼らの勝負に巻き込まれるわでまあ酷い目に遭うことになる。よく五体満足で帰ってこられたなと思う。
この時、口を滑らせた俺は少女に正体を見抜かれてしまっていた。それと同時だ。俺が彼女の秘密に触れたのは。
早い話、子どもの王国で出会った少女は“普通の女の子”ではなかった。ごく普通の女子高生と思った少女の正体は、彼女曰く“狐憑き”なるものであるらしい。それと関係するのか、あの夜に会った彼女の所作には普段と打って変わる鋭さが見受けられた。
片や少年の方も普通の人間ではなさそうで、俊敏な身のこなしや物騒な思考を平然とに披露する上に彼はキツネを目の敵にしていた。
俺の干渉によって(意図せず)彼らの素性が露見し、戦いの火蓋は切って落とされたのである。
ここまで語った話は自分でもまるで夢物語だと思う。それはもう互いに一歩も退かないような本気の戦い──俺にはそう取れた──で、どうも俺の常識ではついていけない話が繰り広げられていたのだ。
まだガキの内から、なんだってそんな生き方をするようになってしまったのか。そんなことを考えている内に、その場から逃げたい一心だった筈の俺は気づけば間に割って入っていた。
とはいえ、うさ子の力があっても素人は素人だ。場の流れに格好悪く翻弄されっぱなしで、俺ができた事といえばちょっと場を引っかき回しただけ。
幸いその場は何とか丸く収めることができたのだが、彼らには拗れた因縁が残ってしまった。そして俺が齎したその因縁は、恐らく因幡うさ子の正体なんかよりずっと深刻な話だったのだろう。
後日。少女は俺を<ZOO>に呼び出して、俺に顔を見せるのは最後にすると別れを告げた。
目をつけられた以上一緒にいる訳にはいかない。それが彼女の主張だった。
呑気に一件落着と安堵していた俺の愚かしさと言ったらない。彼女に取ってはそこまでする程の事だったのだ。
俺に会わないようにするということは、俺の現れる場所も避けるということで、それはつまり<ZOO>にももう来ないようにするということだ。俺との関わりを断つこと自体は全く構わないが、俺が首を突っ込んだばかりに一人の子どもの自由が削がれ、居場所が奪われてしまう。これを看過できなかった。
俺はガキ一人を普通のガキにしてやることもできないくせに、自分の後暗い秘密は隠したままで。少女に責任を取らせようとする自分に耐えられなかった。
だってそれって、なんだか凄くずるい大人じゃないか?
彼女は嘗て俺に、自分のしたいことは自分で決めろと言ったことがあった。だから、その言葉を借りて俺は自分のしたいようにしようとしたのだと思う。
やることは一つだった。
俺は自分の【国章】をその少女に譲ることにした。帰る場所が無いんじゃ、あんまりだろうって。ここで去らなくちゃいけないのは俺の方だろうって。お前が居たらいけないなんて、間違っているって。
全部全部、言うことができない代わりに投げ渡した。俺の長々とした惰性に終止符を打つつもりで。ところが。
彼女から返されたのは再会を仄めかす挨拶だった。どういうわけか、いつになるかもわからない「次」を示唆された。
明るい調子でまたねと言うものだから、もう会わないつもりでいた俺も調子を崩されて、つい笑ってしまった。
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卯島 「もう会わないんじゃなかったのかよ」 |
あんな挨拶されたら調子も狂う。俺は大人の顔をして、もう少しだけ動くことにした。
彼女の生き方を今更どうにかするなんて俺にはできないことだ。そんなことわかりきっている。
だとしても。仮に、もう会うことがないとしても。彼女が衝突し得る弊害を少しでも解消できるかもしれないなら、彼女に焼けるお節介がまだあるなら、それを為すのが「大人」の仕事だ。
以来、俺は手がかりも無く見つかりっこないのに、世を忍ぶタヌキ少年の姿を探してあの夜の同じ神社に通いつめるようになった。やがては、いつかの夜に出会った少年と少女がよろしくやれるような甘っちょろい展開を夢見て。
それから最後にどうか、俺のことを忘れてくれるように。
こんな話は誰も知らないし、莉稲だって何も知らない。
「わーくん、<ZOO>行こう〜。今日はお菓子持っていくんだ〜」
国章を少女に渡してからは、莉稲の<ZOO>へ誘う莉稲のことも断ることに決めた。本来、もっとずっと早く俺が出て行くべき場所だった。
「……悪い、莉稲。俺、行かねェよ。【国章】失くしちまったしさ。もうガキじゃねェんだ」
俺はもう「子ども」ではなくなったのだと、噛むように言い聞かせて俺は莉稲の誘いを拒んだ。
もう莉稲を背負って<ZOO>の階段を昇り降りできなくなるが、莉稲なら遊びに行った時にきっと誰かが力を貸してくれる筈だ。俺じゃなくても良い。
莉稲はなにかを言いかけて、けれど深くは追及しなかった。
<ZOO>の国章
ゾウを模した国章がプリントされた缶バッジ。
子どもの王国<ZOO>の一員である証。
着ける義務はないが、<ZOO>に来る多くの子どもは身に着けている。
*Special Thanks*
PC:Eno.541 Eno.789
団体設定:子どもの王国<ZOO>