『──あれ』
日めくりカレンダーを捲る。捲らなくても分かっていたけれど、今日は6月30日。
一緒に暮らし始めてから明日で一年経つねとは、昨日寝る前に話しかけたことで。
それで今更気が付いた。
『斎、君、誕生日いつ?』
この一年、誕生日を祝った覚えが無い。テーブルを振り返る。
椅子にちょこんと座っていた彼の今日の朝のスケジュールは、漢字の書き取り練習だ。
手を止めてノートに落としていた視線を上げて、こちらを見て。返答が返るまでの間は長い、というのも。
「……たんじょうびって何?」
Ⅺ. 祝福は平等に降り注ぐ
まあ、それはそうだった。この子が知っている筈が無かった。
一年で知っていることも多くはなったけれど、まだまだ分からないものはそこら中に沢山。
ならば今日は誕生日をちゃんと教えてあげようとリビングの絨毯の上に向かい合って座る。
お互い正座して視線を突き合わせる体勢は、大事なことを教えるときのフォーメーションその1だ。
いや、特に2はないけど。
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『誕生日は、うまれてきた日のことを云います。 誰かがこの世に存在を為した日のことだね』 |
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「うん」 |
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『その日から一年経つと、人は一歳年をとります』 |
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「はい」 |
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『で、毎年繰り返して、うまれてきてから何年目だね、何歳になったね、 うまれてきてくれてありがとうって祝うのが誕生日。 ケーキとか買ったり、おめでとうの気持ち込めてプレゼント送ったり、そういう日。 えーと……なんとなく、わかりましたか?』 |
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「なんとなくは」 |
説明が得意なわけでもないので、毎度段々と何を言っているのか分からなくなる。
とりあえずはニュアンスが伝わればオッケーだろうと甘く採点をして、それから改めて同じ問いを口にしてみた。
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『よし、じゃあもっかい聞くけど、斎は誕生日いつ?』 |
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「しらない」 |
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『だよね~』 |
分かってた。それはそうだった。知っている筈が無かった。同じことをまた繰り返して、うーんと頭を悩ませる。
あの人に尋ねたら教えてくれるだろうかと考えたが、恐らく返ってくるのは曖昧な返事だし、多分この子の誕生日は正確には分からない。
祝う口実が欲しいだけなので正しい日をどうしても知りたいわけではないのだが、それならこっちで勝手に決めてしまおうか?
黙って悩んでいたら、その様子に疑問が湧いたらしい彼の唇から問いが零れる。
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「たんじょうび、そんなに大事?」 |
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『大事よ大事、だってうまれてきた記念日だよ? やっぱりそういう特別な日は大事にしたいじゃん』 |
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「んんん~…………たんじょうびの大事は……、……うれしいに似ている?」 |
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『そそ、君がうまれて来てくれたことがうれしい、君がうまれてきてくれた日を祝いたい』 |
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「あやめは、たんじょうびが祝いたい……」 |
人の感情をとりあえず喜怒哀楽に当て嵌めて分別していくことが癖づいている彼は、それを終えればこちらから一度視線を外した。
ベランダに顔を向けて空をしばらく見つめているときは、頑張って自分で何かを考えているときだ。
そういうときは口を挟まないし、私の考えを口にしたりもしない。彼が自分自身の解を得るまでゆっくりと待ってあげる。
今日の晴天の空は彼の瞳によく似ているな、と考えたりしていたら思考の整理が付いたようで、澄んだ瞳がまたこちらを向いた。
「じゃあ」と開いた口から、言葉が続く。
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「……たんじょうび、今日」 |
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『え、なんで?』 |
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「うまれるのは存在ができること。 斎をもらったのは一年前の、今日。 だから今日がたんじょうび、……これはまちがい?」 |
一生懸命話してくれるその内容が、正直なところ予想外だったので咄嗟に返事がうまく出来なかった。
いや、だって、一年だけでこんなに成長するのかと。
感慨深くなってしまってちょっぴり涙腺が緩んでしまって、ああでも泣いたら混乱させてしまうだろうから、何とか抑え込む。
涙を流すことはまだ悲しいからとしか知らない彼に、笑って思いっきり頭を撫でてあげる。
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『──あはは、そっか! いーや、間違いじゃないよ、大正解だ。 自分で考えられて、えらいね』 |
えらいえらいと繰り返してたくさん頭を撫でていると、それが心地いいのか瞼が落ちて空の色は見えなくなる。
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『じゃあ斎の誕生日は6月30日ね、ちゃんと覚えていてね。 毎年この日にお祝いをしますので』 |
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「はあい」 |
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『ふふ、でもすごいなあ、大きくなったなあ。 ちゃんと日々学んで、成長してるねえ』 |
嬉しさと共に子供らしい仕草に可愛らしさも感じて、衝動に突き動かされるままえいやとちいさい体を抱きしめる。
まだまだほそっこい体だけど、それでも一年前と比べれば随分と大きくなったし、ご飯ちゃんと食べるようになったし、喋るようになったし、鉛筆持てるようになったし……あ、だめだ、こういうの考えるとまた泣きそうになる。どうしてだろう、歳を重ねると涙腺が弱くなって仕方がない。
誤魔化すように彼の肩口にうりうりと額を押し付けていたら、良い様にされていることに少し疲れたのか腕の中の彼が声をあげた。
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「…………あやめは、くっつくのがすき」 |
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『母の抱擁だぞ~、ほら喜べ喜べ』 |
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「よろこぶ、」 |
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「………………」 |
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『……外面だけ繕うのも日々上手くなるね、君は』 |
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「あやめがよろこべといったのに……」 |
少し体を離せば案の定貼り付けた笑みを浮かべているので、感想を口に出せばそれはすっとどこかにいってしまった。
まあでもそういうのだって、この一年でできるようになったことの一つには変わらない。
別にいいのだ、ゆっくりで。彼のペースで歩んでいけばいい。
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『ま、それでいいけどさ。 じゃあケーキは後で作るとして……ね!』 |
立ち上がって、それからひょいと抱き上げる体。
今日が誕生日と決まったのなら、まずは伝えなければならない言葉がある。
突然抱き上げられたことに首を傾げている彼の瞳を覗き込んで、いつまでも覚えていてもらえるように浮かべるのはとびきりの笑顔。
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『──誕生日おめでとう。 うまれてきてくれて、ありがとう。 斎、大好き、愛してる』 |
いつか彼も心から、誰かに大切を伝えられるようになるように。
そんな願いを込めながらも口に出せば、丸い瞳は瞬きを何度も繰り返して。
返すべき言葉を見つけたのなら、私の真似をしてまた笑った。
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「……どういたしまして」 |
これは私が彼と過ごした、1回目の誕生日の話。
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懐かしい夢を見た。
毎年なんて言いながらも、結局五回だけだったな、とか。
その後はしばらく存在忘れてて、思い出したのはあの子が来てからだな、とか。
意識したところで、それはまた一年も生きてしまったという証明にしかならなかったな、とか。
そういえばいつの間にかあの人より、歳を重ねてしまっているな、とか。
「あ、起きてる、おはようございます。
今日は出かけるんでしたっけ?」
「うん、デートしてくれるんだって~」
「嬉しそうでなにより、楽しんできてください、迷惑はかけないように」
いろいろと思い出して、だからこそ今年は変なものだった。
喩えとしてよく見かける遠足を楽しみにして眠れない子供の気持ちというものを、
三十も過ぎてから少し理解したなどといったら笑われるだろうか。
それとも、彼も楽しみにしてくれているだろうか。
祝われるべきではないと思うのに、祝って欲しいとも思う。
早くこの証明を終わらせなければと思うのに、だけど、でも、すこし。
……すこし?
「おれからのお祝いは週末にでも、なので今日は一つだけ」
瞳を覗き込まれたから、思考を止めた。
あの人と同じ色が己を映して、耳を打つのは嬉しそうな声音。
「誕生日おめでとう、斎さん」
ああ本当に、今年は変なものだった。
「……ありがと」
毎年どう受け取ればいいのかわからなかったものに、繕わずとも笑みを浮かべられたのだから。
──秒針は 変わらず今日も刻まれていく。

[842 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[382 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[420 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[127 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[233 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[43 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[27 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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白南海 「・・・・・おや、どうしました?まだ恐怖心が拭えねぇんすか?」 |
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エディアン 「・・・何を澄ました顔で。窓に勧誘したの、貴方ですよね。」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
落ち着きなくウロウロと歩き回っている白南海。
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白南海 「・・・・・・・・・あああぁぁワカァァ!! 俺これ嫌っすよぉぉ!!最初は世界を救うカッケー役割とか思ってたっすけどッ!!」 |
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エディアン 「わかわかわかわか・・・・・何を今更なっさけない。 そんなにワカが恋しいんです?そんなに頼もしいんです?」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
ゆらりと顔を上げ、微笑を浮かべる。
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白南海 「それはもう!若はとんでもねぇ器の持ち主でねぇッ!!」 |
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エディアン 「突然元気になった・・・・・」 |
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白南海 「俺が頼んだラーメンに若は、若のチャーシューメンのチャーシューを1枚分けてくれたんすよッ!!」 |
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エディアン 「・・・・・。・・・・他には?」 |
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白南海 「俺が501円のを1000円で買おうとしたとき、そっと1円足してくれたんすよ!!そっとッ!!」 |
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エディアン 「・・・・・あとは?」 |
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白南海 「俺が車道側歩いてたら、そっと車道側と代わってくれたんすよ!!そっとッ!!」 |
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エディアン 「・・・うーん。他の、あります?」 |
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白南海 「俺がアイスをシングルかダブルかで悩ん――」 |
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エディアン 「――あー、もういいです。いいでーす。」 |
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白南海 「・・・お分かりいただけましたか?若の素晴らしさ。」 |
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エディアン 「えぇぇーとってもーーー。」 |
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白南海 「いやー若の話をすると気分が良くなりますァ!」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
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白南海 「・・・・・・・・・あああぁぁワカァァ!!!!!!」 |
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エディアン 「・・・あーうるさい。帰りますよ?帰りますからねー。」 |
チャットが閉じられる――