
この前アズちゃんからユカラとデートをしてキスをしたという報告を受けてから、私の頭の中がぐちゃぐちゃになってしまっている。
どれくらい混乱しているのかというと、嬉しいのか悲しいのか悔しいのか怒ってるのか何だか良くわからないのである。
あんまりにも心が落ち着かないもので、アズちゃんやユカラに会った時に自分が何を言い出すのか不安過ぎて、ちょっと今距離を置いてしまっている始末。
こういう時はどうすれば良いんだろう。本気でよくわからない。
落ち込んだ方が良いのか、平静になった方が良いのか。
つうか、ユカラにとってのキスの意味って重いモノなのか軽いモノなのかかが分からないので、受け止める側もどう反応してよいのか対処に困るのだ。
アズちゃんも嬉しい気持ちと何か私に申し訳ない気持ちがせめぎ合ってる様だったけど、私ってユカラの彼氏でも何でも無いからね?
友達としておめでとうって、祝福する側になるポジションだと多分思うよ。
いや、でも私もユカラの事は好きだからフラれたって事になるのかな?
それならそれで悲しいとも思うし、まだ高校生な二人があんまり交際が進んでしまうとけしからん!って窘める立場じゃない?今回は引率者的な役割もあるんだし。
何か立場とか状況とか個人の感情とかのしがらみに縛られて、私自身がどうすれば良いのかさっぱり分からないのである。
助けて恋愛マスター!と叫ぶも、そんな恋愛に詳しい人が周りにいる訳でもないし、信用できる友達に相談するのが一番だという結論に私はようやく至るのだった。
そんなある夜の日。
私は大使館の自分の部屋でジェイド王国への連絡用水晶を立ち上げると、親友のサクラへ通信を繋いだ。
「サクラ!ちょっと聞いて……あのね、私どうしたらいいか分かんなくて……」
「えっ。ウルド、いったいどうしたの?そんなに慌てるなんて、何か大使館で良くない事でもあった?」
心配するサクラの声を聞いて少し落ち着いたので、私は一度深く深呼吸してから本題に入ることにした。
「あのね、ユカラがさ……キスした」
「うんうん……えっ?ユカラ君がキスを?それはおめでたい事だよね。おめでとう!」
ん?
めでたい事なのか?めでたい事だよな?
恋愛にまったく興味無かったユカラが進展したんだから、身内としては喜ぶよねそりゃ。
「え?うん。めでたいのはめでたいんだけど……その、ね、相手が……」
ユカラの話題に反応したレイヤ先生が、サクラとの会話にずいずいと入ってくる。
「ユカラがどうかしたのか?」
「あっ、ユカラくんがウルドにキスしたそうなんです」
あっ『誰と』キスしたのか伝えてないわ。
私がそう言ったらサクラだって勘違いしちゃうよね。
「何だ……と。それはめでたいな。早速式の準備だ」
レイヤ先生の低いトーンの声が、乗り気で珍しく弾んでるのが分かる(当社比)
「いやいやいや!ちょっと待って!キスしたのは私にじゃないよ!アズちゃんにだからね!」
「えっ!?アズーロちゃんに?それは、その、ウルド……元気を出して。後で詳しい話は聞くから一緒にご飯食べよう?」
「何だ、お前ではないのか。だがめでたい事は何も変わらない。よし、式の準備だ。ユカラも今から通信に呼ぼう」
「うぎゃー!待って待って待って!無理無理無理!今呼んだら絶対だめ!」
「レイヤ先生、ウルドの傷心も察してあげて……何か慰めを」
「……そうか。ウルド、残念だったな次の恋が実るといいな。だが善は急げだ、鉄は熱いうちに打てと言うだろう、さぁ式の準備だ。これから忙しくなるぞ」
レイヤ先生の発言に動揺して、思わず私は通信を切ってしまった。
やべぇ、結局何の相談にもなってねえし、何か結婚式の準備始まってるし、どうすればいいんだコレ?
よく考えなくてもユカラにこの連絡は行くと思うし、なんか私がユカラの私生活チクってるみたいになっちゃったじゃん!
印象最悪だし、ユカラにどう顔合わせたら良いんだよ!?
連絡用の水晶が受信でブーブー鳴るのを聞かないふりをして、私はベッドで布団に包まってゴロゴロした。
「深雪、部屋に居るんだろ。兄上に何を言ったんだ?良くわからない連絡が来たんだけど」
ドンドンと強めに扉をノックする音。
うぎゃー!ユカラが直接来やがった!
そりゃそうだよね、デートでキスしただけであんな騒ぎにしちゃったんだものな!私が!!
居留守を使おうにも玄関に靴はあるし秒でバレると悟ったので、諦めてドアの鍵を開けた。
「ユカラ、その、ごめん。サクラと話をしたくて連絡したら、レイヤ先生が暴走して」
「兄上が式の準備をするのにいつ帰るのか?って聞くから、大使館の用事もあるし結婚はまだ考えてないって断っておいたよ」
「………ユカラにご迷惑をかけて申し訳ない。ん、何で私謝ってんの」
「何でって、深雪が変な事言うから兄上が勘違いしたんだろ。今やった事なのに覚えてないの?」
扉を締めて私の部屋に入ってきたユカラが、呆れた顔で私を見ている。
「いや、そーじゃなくてね。私がそんな連絡したのも元はといえばユカラのせいだし……」
ユカラのせいなのかな?私のせいなんじゃないかな?自分でも何を言いたいのか分からなくて、俯いてしまう。
「……俺のせいなの?じゃあ、分かるように俺にちゃんと説明して」
俯いた私の顎をクイッと上げるユカラ。
おい、顔近えよ、今情緒不安定なんだからやめろよ。泣いたらどうすんだよ。
振りほどいて逃げようとすると、壁にドンと手をつかれて逃げ場を絶たれてしまった。
「も、元はといえばユカラのがアズちゃんとキスしたって言うから……」
「うん。したよ」
即答。
うわああ、事故とかラッキースケベとかじゃ無いのか。
でも、高校生の年頃だしキスぐらいしたっておかしくは無いよな。
むしろ二人の進展に喜ぶべきなんだろうけど……ううん、うまく感情も言葉もアウトプットできない。
「そのね、キスする事は悪いとか言ってないよ。ただまだ高校生なんだからね、その、エッチは程々にしなよ」
……何言ってんだ私は?
「何でそんな心配するの?アズも俺ももう大人なんだから、深雪に指導受ける立場では無いよ」
「いや、ダメだって!高校生は未成年だから……って、あ!」
ここはジェイド王国の大使館だった。
ジェイド王国では15歳で成人扱いなんだよね。ヒスカ王女だって15歳で結婚したんだし。
バレット王との年の差とか考えるとすげーよな、改めて思うと。
大使館の中はジェイド王国の領土の一部となるのだから、ユカラもアズちゃんも立派な大人。
これから通うイバラシティの高校では、普通の学生扱いだろうけど。
「そうだね!アズちゃんもユカラも大人なんだから、私が口挟むところは何一つありませんでした。それじゃそういうことで、おやすみ!」
「何その言い方?いつもの深雪らしく無いよ。もしかして、怒ってるの?」
壁ドンから開放してくれないユカラが私の顔を覗き込む。
うおお、何なんだよ、どういう事だってばよ!?
「怒ってないよ!そんなに私に構わなくていいって!もぉ、振るならちゃんと振ってよ。その方が諦めがつくから!」
あっ、違うそうじゃない!
何言ってんですか深雪さん、それ怒ってるのと同義語だよ!?
しかも自分から何で険悪な雰囲気作ってるの止めてよ、これからの業務が地獄になるよ!
ユカラに振られたなんて理由でジェイド王国に帰れないのに!
「振るって、付き合ってる人がするものだよね。深雪と俺はいつ付き合ってたんだっけ?」
「……正論過ぎてぐぅの音も出ない。勘違い女で申し訳ない。私が悪うございました」
ペコペコと私は謝った。
「それに、キスなら深雪にもずっと前にしてるだろ、覚えてないの?」
「あっ、あれはおでこじゃんか……そんなのキスのうちに入らないよ」
うおお、そんな事今から思い出させないでよ、惨めになっちゃうじゃんかよお。
何だか下から込み上がってくる感情で鼻水出そうになったので、ちょっと我慢する。
「そうなの?アズはその事を話したら、ずいぶんびっくりしてたよ」
「……だって、そんな事アズちゃんに話せないよ。デートしたのだって抜け駆けみたいな気持ちもあったし」
「お互いに隠し事が無くなって、良かったんじゃないの?オレだってアズと深雪が喧嘩する所は見たくないよ」
「……混乱する原因作っておいて、そういう事言うかなあ?ユカラとキスしたぐらいで仲悪くなったりしないよ。なんかその、いい感じにデートしてきたのに気分悪くさせちゃってごめん……」
また俯いてしまった私の顔をクイッと引っ張ると、ユカラの顔が私と重なった。
………え。
何?
今どうなってんのこれ?
いや、ちょっと待って待って待って!
喋らせて、喋れない!?
うわ
うああ……
ああああああ!?
腰が崩れ落ちそうになる私を支えるユカラ。
「……ちゃんとキスしたよ。これでもダメ?」
「駄目じゃない……駄目じゃ無いけど……いや、待って待って」
ユカラから開放された私は、ヨロヨロとベッドに突っ伏した。
「……私の事嫌いなんじゃないの?」
「そんな事言ったこと無いけど、分からないならもう一回する?」
ベッドにまで追いかけて来るので、慌てて私は手をぶんぶん交差させて顔を伏せた。
「分かった。分かりました。もう大丈夫。今日はもう遅いし騒いだらみんな起きちゃうし、また後で。……私にも心を整理する時間をお願いだから下さい」
「ん。分かった。おやすみ、深雪」
「……おやすみ」
部屋から出てゆくユカラの姿を見送ると、静寂が戻ってゆく。
私はもちろんそれからドキドキして、一睡もできなくて朝を迎えてしまうのだった。