
今日はユカラとアズちゃんはお出掛けらしい。
二人が居ないと寂しいけど、これはマグノリアちゃんとキャッキャウフフ出来るチャンスなのでは?
喜び勇んで彼女の部屋へ行き、扉をノックしてみたが返事がなく留守だった。
もしかしたら食事の準備をしているのかも?
ダイニングの方へと探しに行くとテーブルの上には【深雪様へ。調味料や生活必需品が残り僅かなので買い出しに行って参ります。しばらく留守に致しますがご了承下さいませ(マグノリア)】とかわいいうさぎさんの描かれた置き手紙がしてあった。
こんなにかわいい置き手紙をされては、大人しく大使館で待ってるしかあんめ。
折角ダイニングに来たので冷蔵庫から麦茶を用意して自分の部屋に戻ると、インテグラセンターで借りた資料を机に出して調べものをする事にした。
私が子供の頃に住んでいたイバラキとイバラシティはとても似たような所ではあるが、まったく同じではなく色々と変わったところがある。
建物や地名などもその一つで、私の記憶の街と何か似てるんだけどちょっと違ったりするのである。
細かいことは気にしたら負けと昔の偉人も言ってた気がするので、細かい所にはいちいちツッコミを入れないことにするが、住んでいる人々も違うのでイバラキによく似た違う場所なのは間違いない。
本当のイバラキだったら私の住んでた実家の醤油屋がある筈だし、お姉ちゃんや両親……私と入れ替わった別の世界の『深雪』と顔を合わせる事になって、真の深雪を名乗る為に争う事になったかもしんない。
まぁ、私はウルドって名前があるんで、イバラキの『深雪』とは争う気がないので居場所は譲るけどさ。
それよりも一番、イバラシティの住民達の持つ『異能』の方が心の中で引っ掛かっていた。
この街に来た時におぼろげながら、誰かと戦う?何かを護る?ために目覚めた力が『異能』だと誰かに聞いたような気がすんだけど。
でも、この街に来てから戦ったり何だりという記憶は特に無いし、ユカラやアズちゃん達からもそんな話は聞いたことがない。
じゃあ気のせいだっぺと言われればそれまでなんだけど、そこで思い出すのが謎の物質混入事件となるのである。
身に覚えの無いものが自分の持ち物にある事の理由を調べる時に、私の持っている懐中時計の事を思い出したのだ。
これは誕生日の時に何かユカラから「誕生日なんだし、何か欲しいものある?」って聞かれて、私と二人で欲しいものを見つけに市場に行った時に買ってもらった物。
壊れていてゼンマイを巻いても動かなかったのだが、デザインが良かったので私が魔法の術具として
改造したものである。
この懐中時計を触媒に、私の周りの時間だけを少しだけ早く進める事ができる所謂、仮面〇イ〇ーのクロックアップを行使することが可能なのだ。
え、そんな『異能』はずっこくて無敵じゃないかって?
実はあんまりそうでも無くて、この力を使うとあっと言うに魔力が枯渇しちゃうのだ。
つう事で連続行使が出来ないから、状況を読んで上手く使うしか無いんだな。
話がごちゃっぺになってしまった。
何が言いたいのかというと、その懐中時計の針がまったく使った覚えがない筈なのに進んでいるのだ。
何日かに一度そういう事が起こるのは、自分の記憶に無い所で多分戦ってるのだと思われる。
なんの怪我もして無いし、疲れたりとかも自覚症状も特に無いけど。
ユカラやアズちゃんが変なもの拾ってくる事を考えると、マグノリアちゃんは別としても二人は私と一緒に何処かで冒険……探索?をしてるのだろう。
これは推測でしかないのだけど、そんな不思議な現象が街全体で起こってたりするのかも知れない。
一体誰が?
何の為に?
その真相を確かめる為に我々はアマゾンの奥地へと向かったりしてる場合ではない。
何か手掛かりになりそうな物を資料から探そうと思ったら、思わぬ発見をしてしまった。
美味しいラーメン屋さん特集。
私は喜多方とか佐野系の縮れ麺が好きで、ちょうど近くにそれ系のラーメン屋さんがあるようだ。
今度ユカラやアズちゃん誘って一緒に食べに行こうと思う。
発見したのはそれぐらいで肝心のどっかの知らないところで何かしてるっぽい真相には辿りつけなかった。
まぁ、ちょっと調べたぐらいで分かるなら、今頃誰かがその話題を何処かに出してるよね。
便利なコミニュティーツールのSNSとかだってあるんだし。
一通り調べていたらラーメンの事もあってお腹が空いてきた。
ユカラとアズちゃんは晩ごはんも食べて帰るのかなとか、今頃何してんだろとか色々想像しながらマグノリアちゃんの帰りを待つのだった。
……そういえば、私が元の世界に戻れなくなったのはイバラキに何故か存在するもう一人の『深雪』が原因なのだけど、彼女は何処からやってきたのだろう。
何かよく分からんけど、私はあっちの『深雪』に追い出されたんだよね。
別に私は悔しいとか今は思って無いけど、子供の頃はそんな寛容じゃ無かったから悔しいとか悲しいとか絶望もしてたような気がする。
こっちの世界に来て師匠から私は『ウルド』って名前を貰ったけど、同じようにジェイド王国に私とは別の存在の『ウルド』さんが存在していた可能性もあるんだな。
仮説として何らかの理由で私が居座った事で、ジェイド王国に居たはずの『ウルド』さんが何処かの世界に飛ばされてしまった……なんて事はあったらするんだろうか。
そんなひどいことを事をした記憶はまったく無いし、私以外の『ウルド』に会った無いのだけど。
机の上のビー玉を弾くように、私の代わりに誰かがいなくなってしまったら悲しいと思う。
それを知る術も、この推測が正しいことを証明する手段も無いのだけれど。
ただ何となく、自分の知らない所でそういった現象は何処かで起こっているのであって、それと今起きている街の異変が同じものでは無いという保証もまったく無いという事実に、一人になっているせいかとても心細くなる私だった。
「マグノリアぢゃん、はやぐがえってぎでえ……」
玄関で帰りを待ちわびて泣き濡れてる私を発見したマグノリアちゃんは、買い物の荷物をショックのあまりに落としてしまった。
「深雪様!どうなされたのですか!大丈夫ですか!?」
青ざめて私に駆け寄るマグノリアちゃんの手を握りしめて、温もりに触れた私は天使の抱擁を受けたかのように救われた気持ちになった。
「うん、大丈夫。寂しかっただけ」
「お買い物に一人で行くべきではありませんでした。深雪様、申し訳ございませんっ……」
マグノリアちゃんの目がうるうるして来たので、逆に何か申し訳なくなってきた。
「あ、いや。マグノリアちゃんのせいじゃ無くて私が勝手に落ち込んだのが悪いんで……」
「いえ、それを察せなかった私も……」
二人して玄関の前でペコペコと謝った。