
「ユカラくーん!」
アズの呼ぶ声が聞こえる。
俺達は今ツクナミ区のイバモールツクナミに来ている。
俺の服を見立てる為にアズが連れてきてくれた。
モール内のメンズ服専門店に入店し俺とアズで別々に行動している。
俺はアズの後ろをくっついて歩くだけでもいいのだが、アズが「ユカラくんの気に入る服があったら教えて」と言うのでバラバラに服を眺めていた。
アズの声を辿りアズの元へ行くと、アズは数枚の服を腕に抱え試着室の前に居た。
「ユカラくんに着てみて欲しい服を選んでみたんだ。試着してもらいたいなー。」
アズのお願いに2つ返事するとアズの手から服を受け取る。
黄色のTシャツにモスグリーンの…少し変わった形のズボンだ。
そして袖の短めの薄手のカーディガンかな、これは。
靴は少しカラフルなサンダルの様だ。
全て着終えた自分の姿を目の前の鏡で見てみると、いつもの黒と白に包まれている俺からは結構イメージが変わっているように思う。
カーテンを開け、目の前の棚に置かれた服をチェックしているアズの背中に呼びかけるとアズはすぐにこちらを見た。
「…っ」
すぐに感想が来るかと思ったが、アズは俺を見て息を呑むだけだった。
「アズ?」
俺が再びアズに呼びかけると、アズは顔を赤くして慌てふためく。
「ご、ごめんね。想像以上に、す、素敵だったから…驚いたのっ。」
「そっか。じゃコレ買うよ。」
「え!?もちろんいいけど、ユカラくんはどう思ったの?」
そう問われ、改めて鏡を見る。
「…兄上と旅をしていた頃のテイストに少し似てるなって思ったよ。」
俺の回答にアズの表情がぱっと明るくなる。
「そうなんだよ~。あの頃のユカラくんは少し民族衣装っぽいテイスト入ってたから、あえて織り交ぜてみたの。今のユカラくんでも馴染むかなって思ってたんだ~。」
「へぇ、ちゃんと意図してたんだな。」
「そりゃそうだよ~。色々考えてるんだよ。」
「それは申し訳ありませんでした。」
俺が少し笑いながら謝ると、アズはわずかに膨らませていた頬を戻し、えっへんと微笑んだ。
「深雪ちゃんもきっと気づくと思うよ。」
「そうかな、あいつウサギのことしか考えてないじゃん。」
「もう、そんなことないでしょ。深雪ちゃんだって…ユカラくんのこと…」
そう言いかけてアズは口をつぐむ。
「なに?」
「ユカラくんのこと、好きなんだから…気づくよ?好きな人のことは、よく見ちゃうから。」
「そういうもんなんだ?」
俺の返事に小さくため息を付きアズは「そういうものなんだよ」と肩を落とした。
会計を済ませモールの窓から外を見ると、もう日が沈みかけていた。
昼前からここに来て、少しぶらついてから昼食をとって、色々とアズの後ろで買い物の様子を見てる一日だったけど結構楽しかったな。
「もうそろそろ帰らなきゃだね…」
アズの声がどことなく残念そうに聞こえる。
「晩御飯は食べてかないんだ。じゃあ帰るか。」
「え!?た、食べるよ!食べてから帰る!」
慌てるアズの様子に俺は首を傾げた。
「帰らなきゃって言うから帰るんだと思った。」
「だって、マグノリアちゃん、ご飯作ってくれてるかな~って…」
「朝出てくる時に晩御飯までアズと一緒にとってくるように言われたよ。」
「マグノリアちゃん…!ありがとうっ。」
感激しながら呟くアズを見てマグノリアに言われたことを思い返し、俺ははたと気づいた。
─アズーロ様とのデートなのですからちゃんとエスコートしてくるんですよ─
「あ…」
そうか、デートだったんだ。
エスコートなんてどうやるのか正直よくわからないけど、アズの手を握る。
「ユ、ユ、ユカラくん!?」
「美味しい店、探しに行こう。」
絡まる指と指、俺の顔、上下を交互に見ながらアズは顔を赤くし、頷いた。
フランス料理店で迎え合わせに座り、グラスを持ち乾杯をする。
「フランスってなんだろうね~?」
「深雪がいた世界にある国の名前らしいよ。」
「ジェイド王国みたいな感じ?どんなお料理が出るのか楽しみだね~。」
グラスにくちをつけると、ワインではなく葡萄ジュースであることに気づく。
「イバラシティは20歳まで酒は飲めないんだっけ。」
「そうみたいだよ。ユカラくんのところはどうだったの?」
「俺はこどもの頃に飲まされてたけど…わかんないな。」
俺をかこっていた貴族が勝手に飲ませてきたから酒の経験自体は普通にあるけど、国の法律でどうなっていたか等は知らない。
ただ、酒の味自体はそれなりに好きだから多少物足りなくはある。
けれどイバラシティの決まりを破るほどの好物ではないし、破って罰則があるならばアズを巻き込んでしまうだろうことを思うと、この葡萄ジュースで十分だ。
「お料理が来たよ~!美味しそう!」
ステーキに鳥の肝臓を乗せたロッシーニというものや、生の魚と野菜を和えたカルパッチョというもの、米をチーズと煮込んだ感じのリゾットというものなどが妙におしゃれな感じに皿に盛られてやってきた。
味はどれもとても美味しかった。
デザートにプリン…ではなくブリュレという名前の…まぁプリンだと思うんだけど、そいつを食べるとアズは満足げに椅子にもたれる。
「はぁ…美味しかった~。次は日本っぽいお料理が出てくるお店も行きたいなぁ。」
「まだ食べるの?俺は結構満腹なんだけど。」
「ち、違うよ!私だってお腹いっぱいだよ!次の話だもん!」
顔を真赤にしてアズがむくれる。
なんだかその姿が微笑ましくて俺は自然と笑みがこぼれた。
「ごめん、まだ食う気かとビックリした。じゃあ次のデートで日本料理の店に行こう。」
「…っ」
「………?アズ、どうしたの。」
俺の言葉を聞き目を丸くしたアズの顔を覗き込む。
「ユカラくんも、デートだと思ってくれてたんだ…」
「マグノリアに朝言われたのを夕方に思い出したくらいだけど、ちゃんとデートのつもりだよ。」
「デートだと思ってて、次も行こうって誘ってくれたんだよね?」
「そうだよ。」
「~~~~~~~っ!」
両頬を手で覆い眉をハの字に下げ、嬉しい、アズがポソリと呟いたように聞こえた。
その後はモールを出て帰路についた。
すっかりと暗くなり、月明かりと街灯が照らす路地を、アズの手をひきながら歩いていく。
「デート、そろそろ終わりだねぇ。楽しかった。」
顔をほころばせアズが言う。
「俺も楽しかったよ。」
「ほんと?嬉しい。ユカラくんは昔に深雪ちゃんとデートしたことあるんだよね?」
「は?」
「…………。」
「…………。」
「水族館行ったって聞いたことあるよっ。もう、深雪ちゃんが可哀想だよ。」
深雪のことなのに自分が忘れられてしまったかのように頬をふくらませ怒るアズがなんだか可笑しくて、俺は思わず声を漏らして笑った。
「そういえば行った。3年前だし、その後に兄上のことで色々あったからさ。一瞬思い出せなかった。」
「…うん、理由があるって分かってるよ?でも深雪ちゃんにとって絶対に大事な思い出のはずだもん。私だったら、大事な思い出を忘れられたらツライよ。」
少しうつむき、呟くアズの声からは悲しい気持ちが伝わってくる。
「アズ。」
俺が呼びかけると、アズは俺の方を見た。
街灯の光がアズの姿を薄く照らしていて、アズの表情も伴ってなんだか幻想的な姿だと感じる。
「忘れてないよ。深雪が俺をどこに連れて行ってくれたとか、何を食べたとか、何を見たとか、覚えてる。今日のアズとのデートのことも忘れないよ。」
「………」
アズの顔が紅潮する。
「アズも深雪もすごいよな。俺が読んだ物語の中では1人の男を思う2人の女は憎み合っていたけど、アズと深雪は仲が良くてお互いのことちゃんと気遣ってる。あの時の深雪もそうだったよ。」
「深雪ちゃんはライバルだけど、大事なお友達だもん。」
俺は頷き、続けた。
「だからあの時、俺は深雪に色々ひぱってくれたお礼にキスをしようとしたんだけど」
「……」
アズの身体が強張る。
「しなかった。正確にはココにした。」
俺がアズの手を掴んでいない方の手で額を指差すと、アズのちからが抜けるのが分かった。
「深雪がさ、デート自体がアズに抜け駆けしたみたいで後ろめたいって言ったんだ。」
「そうなんだ…深雪ちゃん、お人好しだね。ふふっ。…あっ!」
アズが驚いて声をあげた。
俺の腕の中にすっぽりと包まれたことで、ひどく動揺して口をぱくぱくとさせながら俺を見上げている。
その視線を遮るように、俺はアズの頭に手を回して自分の胸にアズの顔を埋めるようにした。
「…2人のそういうところがこうして3年以上も続いてるの、すごいと思う。だからこそ2人にとって俺の気持ちがあの頃と変わってないと思うのは疲れて感じてるんじゃないかなって。そんな思いさせてたら、ごめん。」
「…………ユカラくん、私達2人とも、長期戦の恋だって分かってるの。だから今日はユカラくんからデートだって聞けて、手も繋いでくれて、本当に嬉しかったよ。だから大丈夫!大丈夫だけど…」
アズの腕が俺の背にまわされ、俺とアズの身体がよりピッタリとくっついた。
「こういうの、たまに望んでも…いい?」
「たまにじゃなくてもいいよ。いつでも。あとさ…」
「ん?」
アズの身体を少しだけ引き離してアズの顔を見ると、アズの方も俺を見る。
「あの頃と、全く同じじゃない。」
「…え?」
「恋とか分からないのは同じだけど、アズと深雪のことは、かけがえのない人だと思ってる。」
「…ユカラ…くん…」
「どっちの方が、より大事かって聞かれると、そこは優劣がなくて。多分そういうのが駄目って言われるやつなんだろうけどさ。ひとりだけにしないといけないのは分かってるんだけどね。」
俺の言葉を聞き、アズは首を横にふった。
「そうかもしれないけど、私はすっごく嬉しいよ!だってものすごく進展したって感じるもん!」
「進展…」
「昔のユカラくんは女の子の気持ちなんてぜーんぜん考えてくれなかったし。深雪ちゃんの気持ちをユカラくんから聞いちゃったこと、今でも深雪ちゃんに申し訳なかったなぁってちょっと思ってるんだから。」
「ご、ごめん。」
なんだか気圧されて思わず謝る。
アズはそんな俺の様子にくすりと笑った。
「ユカラくん、大人になったよね。深雪ちゃんと旅に出て、すごく成長して帰ってきたなぁって思う。」
「…そうだといいけど。」
─大人になった─
アズに言われた言葉が頭の中で繰り返される。
あの時、こどもだった俺は、無神経な理由で深雪にキスをしようとした。
それなら、大人になった俺は──
「アズ。」
「…え…?」
街灯に照らされていたアズの顔に影がかかる。
俺の影だ。
重ねた唇を離すと、アズの顔が再び街灯に照らされる。
その顔は赤い灯りでも浴びているのではないかと思うくらいに火照っていた。
「帰ろう。」
アズの手に自分の手をしっかりと絡ませ歩みを促す。
「………………うん」
泣きそうな、だけど、うわずった声で、返事をするとアズは俺の横まで来た。
横目でちらりとアズの顔色を伺う。
唇をぎゅっと噛み締めているが、嬉しそうに見える。
俺の勘違いじゃないといい。
そう思った。