
「No.314ね、あれ外に廃棄しといてね」
「は?」
研究主任は何を仰っているのだろう。
製造した生体兵器のなかでは、傑作とも言っていたのに。
飼育係である私に、方針をとやかく言うべきではないが――
いずれは強力な兵器になると分かっていて手放すというのは、どういうことなのか。
「言い換えるなら、放牧かな?
ああいうのは、勝手に成長していくよ。
放任主義と甘やかし、これが最強生物として必要不可欠なエレメントだ」
「理解ができません。
確かに生き残るための能力を養うなら、千尋の谷に突き落とすのも分かりますが。
それは強さというものに結びつかない。
良い餌を与え、適度にストレスを与えた教育を施す。
それこそが、兵器であり生物である存在を昇華させるのではないでしょうか?」
「それは、君のような優秀な人材の作り方だよ。
君が人の親にデザインされたように」
「………」
「違うんだ。
僕が思うに、本当に強い存在っていうのは、躊躇わない人間だ。
そしてそれを教えられたのは――他ならぬ自分の娘だった」
「甘味処で私が出会った子ですよね、そんなに強そうには見えませんでしたが」
「そりゃそうさ、あいつは戦わせるために作ったわけじゃないからね。
僕は社会的にはフツーの中年男性であり、妻子持ちであることを忘れたのかな?」
「……そうでしたね」
私も基本的には、大学生として過ごしているし。
「で、あいつ躊躇わなかっただろ。
息をするかのように、君に襲い掛かってきた――と推測できるが」
「その通りです。同行していた探偵に止められなければ、
私の情報網<インドラネット>で、バラバラにしていた筈ですから」
「向こう見ず、とも取れるがあの思い切りのよさこそ僕は強さとみている。
同じ人間であれば、なんの躊躇いもなく我儘を他人に振り撒ける方が勝つ。
そして生体兵器であれば、なおさら相性が良いとは思わないか?
あれこそが甘やかしと、放任主義の最大の成果だよ。
いいや、家庭的には弊害といってもいいか。
なんせ姉妹喧嘩で、包丁を持ち出すような奴だからね。
教育を施すべき場面なのだろうが、まあ僕も忙しくって相手にできないから。
なあなあで済ませたよ、いやあ大事に至らなくてよかった」
この主任は、研究者としても破綻しているが――
人の親としても破綻しているようだった。
いや、今さら言うまでもないことか。
No.314は出自こそ試験管ベビーではあるが、
自然異性交遊で発生した受精卵を母体から抽出し、
ガラスの容器で育成しただけなのだからな。
その時の主任の嬉しそうな顔は、恐怖すら覚えてしまった。
いいや、考えるな。
私もそういう世界に、足を踏み込んでいるのだから。
じきに慣れる。
「しかし、No.314を廃棄するとして、問題があります」
「何かな?」
「甘やかしと放任、それが強くするという主任の理論は分かりますが。
もしも、教育を施す存在が現れたとしたら――どうなさるおつもりなんですか」
人格形成に影響を及ぼす存在。
駄目なことは駄目だと、そう認識させられてしまえば
兵器としては――使い物にならなくなる。
「ああ、そのときは」
そのときは。
「また新しく製造するから大丈夫だよ。
あいつのシナプスを弄ってやれば、また新しい個体を発生させてくれるだろうし」
ああ、やっぱりこの人は悪魔だ。
この島が実験施設だか――遊び場としか思っていないようだ。
あいつには同情するよ。
こんな奴を親に持つと、私よりも大変なんだなって。