6,165日前、この世に暮泥 唯という人間は発生した。
母の胎内で眠り、なまあたたかい体液に浸かっていた261日間を、少年は覚えている。

もっとも、その過程を記憶しているのは彼自身ではない。

彼の異能だ。












少年がその身に抱く最も古い記憶は、
群れを成し暗闇を泳ぐ者たちの中にある、数多のうちの一匹であった時の記憶だ。

喜びも、悲しみも、怒りも、苦しみも、恐れも、痛みも、そこにはない。
深淵の底へ向かう彼らは、陽の光が灯す色彩を何ひとつ知ることはない。

ただ命が果てるまで泳ぎ続けるだけの、単純で純粋な、名もなきいきものであった。





かつては。






異能。それは人々が生まれ持つ個性。才能。あるいは病。
記憶がひとをかたちどるなら、その魂はどこに宿るのか。

記憶がひとをかたちどるならば、少年は初めからひとのかたちをしていない。

▲	「……ああ、そうか。侵略者と元の住人がいるイバラシティは今しかねえから、今の形をちゃんと見ておきたいって話か……それならわかる気はする」

	「……、なるほどね。じゃあ、もしかしたら俺はお前にものすごい期待してるのかもしれねえなあ……そうじゃなきゃ、疲れ切った大人だからよ、他人にもう期待なんかしてねえのかもしれねえ」

	「あと、純真な青少年は自分でそういう事言わねえよ。お前、結構あざといって言われねえか？」

	「……まあいいか。俺が侵略者かって話だったよな。"侵略者かどうか"っていう質問なら答えはNOだ」

▲	「……うん、そっか。挨拶回り── わざわざわたしのところまで来てくれるなんて律儀だね」 微かに笑って、言葉を続ける。 「こっちでもあのゲームは続いてるよ。 あの子は何処に行っちゃったのか分かんないけど。 多分元気にしてるんじゃないかな、どこかで」 それじゃあ、の声に応えるように小さく手を振る。 「……もうちょっと話して居たかった気もするけど。 他にも行くところ、あるんでしょ。 いってらっしゃい、また会えたらいいね」 そんな挨拶を、した。 さよならの代わりに手を振る。

	「侵略側について、それですべて手に入るならそうしたかもしれない。 でも、そうじゃないから。わたしの欲しいものはもう、何処にもないから」 小さな呟きは果たして届いたのかどうか。 思い出すように付け足された言葉はぼんやりと霞んでいて、 その真意は判らない。何を言いたいのかさえはっきりとしない。 答えにならない言葉を落として、今度こそ少女は沈黙した。

▲	「人の白衣をべっちゃべちゃにした本人が何言ってやがる！ 　これ、俺がハザマで目覚めた時は普通にアンジニティで着てた服しかなかったから、 　わざわざイバラで着てた白衣っぽいやつ探して来たんだぞ！？」 　今ここで初めて開示されたくそどうでもいい情報だ。

	「……フワッを全力？ふうん。 　それはまあ、わかんなくもないぞ。何て言うか、ん～。 　“俺”もある意味全力でやってたっていうか。だからそう聞かれると困るな。 　『今の俺』ってなんなのか、って言われると、俺も即答できない。 　ま、演技とは違うんだけど。ナチュラルに、本人と変わらない気持ちではある。 　ただ……“先生”なのは、人にそう思われるのはまあスルーすりゃいいんだけどさ、 　俺自身が受け入れちまうのは何か駄目って言うのは、色々あってな。あるんだよ」

	「俺は今まで話していたお前を気に入って入るから冷たくはじめましては寂しいよ。 　ただ、お前の言う“俺”が「先生」である事が絶対前提なら、お前が許さないかもな。 　けどまあ、俺の言う「先生がやだ」って言うの、さ。 　あくまで「じゃあイバラの曾我部零夏が先生と言う職を辞めたらまるで別人」って、 　お前が思うか？って話なだけにも思える訳で。 　 　実際そうなったらお前がそう思うタイプならまあ、諦めるしかねぇなあ」

▲	その姿を見送る。

	すずめ 「……」

	すずめ 「……はあ。 　そっかあ。 　……さよなら」

	ひとり呟くと、その場を去った。

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