
キャンプに戻るまでの間、これまであったことを思い出していた。
急にこんな場所に居て、訳の分からない説明を受け、そのままここで戦っている。
最初に会った結城も、戦闘になったアンジニティの住人も、俺の異能で解析もできることが分かって良かったと思う。
スライムのような敵も、カラスも、壁も、仲間と一緒なら……。
そう思って油断して、調子に乗って、負けた。
フタバの火傷はひどかった。治療できたとはいえもうあんなことはごめんだ。
キャンプに到着したら、少し別行動をして次の戦いへの準備を済ませよう。
フタバとリリィとはそう約束した。
もしかしたら姉も来ているかもしれない。
そう思いつつ、探そうとしなかったのは、姉だったからだ。
優しくて、なんでもできて、初見の場所でもすぐ友達をつくれそうなフレンドリーさとお節介を兼ね備え、メールや電話もこまめにする、心配性の姉。
来ているのなら向こうから連絡が来るはずだ。来ないのなら、もしかしたら自分の事で手いっぱいなのかもしれない。
最初はそう思っていた。
結城からの連絡が来る前までは。
姉から連絡が来ない理由があるのだとしたら、そう少しだけ考えてしまったのだ。
けれどそんなことも、目の前のことでいっぱいいっぱいになるにつれ忘れた。
やっと戻ってきたベースキャンプ。居るかもとは思っていたが、居るとは思っていなかった。
「おかえり」
俺が見たのは、笑顔でそう言った姉の顔、ではなく、その周囲に表示されている異能による解説だった。
間違いなく、問題なく、俺の知る姉だ。
異能はそう教えてくれている。
だが、姉が何なのかは全く教えてくれなかった。
前に戦ったアンジニティの住人の表記ではなく、きちんと正しくイバラシティのもの。
読めるはずの説明。
だがその解析度は2割で止まっている。
フタバも、結城も、出会ってすぐ自動で解析は進み続けた。
姉の解析は……進まない。
「……た、ただいま」
手を広げて待つ姉に飛び込むことはしなかった。
いや、普段であってもしないが、上げた手を下ろさせることくらいはしただろう。
今はそれもせず、歩み寄ることもしなかった。
暗い所は怖い、分からないものは怖い
それを思い出させたのは、敵ではなかった。
「姉ちゃん、無事でよかった」
ここに居たんだねとか、姉ちゃんも巻き込まれたんだねとか、そういう話はしなかった。
「あ、俺あっちでフタバと合流する約束してるから行ってくる。なんかあったら連絡して!」
そう言い残して、その場から立ち去ってしまった。
姉と別れ、なんとなく集合場所に戻る気にもなれずその辺を歩いていた。
そこに顔見知り、結城の妹を見かけた。
「やっほー、結城さん。この間ぶりだね。……大丈夫だった?」
なるべく、ありきたりな言葉を選んで声を掛けた。
いつも通り、普通、そういうものを欲していたのかもしれない。
「……つなぐ先輩。先輩もここに、戻ってきてたんですね」
総返事をくれた巳羽ちゃんは、あの時の男の指示で無事だった、彼は信用できる、と話した。
「そっか、よかった」
安心してそう言った。
結城たちは二人ずつだ。半分がアンジニティの住人だ。
うまくやれているならこれ以上のことは無い。
「先輩の方こそ、大丈夫、ですか? ……あの男との戦いぶりを見ていたから、あまり、心配はしていなかったんですけど」
心配はしていないといいつつも聞いてくる。
その巳羽ちゃんの声や表情からはただ訊き返しただけ、とは言えない何かを含んでいるように思えた。
それに俺は、『厳しくても大丈夫』と、探られている意図がつかめず誤魔化すように返した。
続けて、巳羽ちゃんたちと一緒に行動しているアンジニティの男、そいつのことをどうして信用できると思ったのかと訊き返した。
巳羽ちゃんは
目的を聞いてはいないが侵略には興味がない。
この戦いの一方的に終わらせたくはない。
だから自分たちが十分に戦えるようになるまでは大丈夫。
ということを言った。
「それは……信用して、いいのか?」
何も分かっていないが、なんとなく信用できるように感じた、ということだろうか。
大丈夫なんだろうか、と心配になりはしたが……あいつは結城とどうやら顔見知りのようだし、何かあれば結城が動くだろう……。
「……つなぐ先輩は、もし自分の知り合いがアンジニティだとしたら、それを知りたいと思いますか」
「どう……なのかな。……いろいろ言い訳しちゃうんだよ。こっちの記憶が向こうで意味ないとか、会わなければどちらでもとか……。結局ビビッて自分から連絡とりに行かなかったりしちゃってたりね。
まあ、俺の場合解っちゃうから言える我儘かもしれないけど……知りたくなかったなって思うことはあると思うよ」
躊躇いつつも問われた質問に、そう答える。
異能が無ければ、フタバのように恐怖に囚われていたかもしれない。
そうなれば騙されている、知っておかなければ、無理にでも思ったかもしれないが、
この力は、アンジニティかどうかは会ってしまえば分かる。
……それに、先ほど、アンジニティではないことを知ったばかりだ。
知ってなお、より分からないものがあると知ったばかりだった。
「……そう、ですよね。現実に立ち向かえって、ある人は言うんですけど、自ら進んで知ってまで、立ち向かいに行く必要はないんじゃないかって、わたしは思います。自衛や、アンジニティと渡り合う為に、積極的に情報を得ようとする人もいるかもしれませんが」
「これもまた正直に言うと、つなぐ先輩達のこともわたし、疑っていましたから……」
巳羽ちゃんがそう言ったのは話の流れからだった。
最初は助けられたと知らず、あの男といきなり敵対したからかと思っていたが、どうやら理由は違ったようだ。
高校生なのに戦い慣れすぎている。
天文部所属、武道の経験はフタバのみ、それなのに連携して戦うことに慣れていると違和感を覚えたらしい。
スターゲイザーズ、その部活のような活動は周囲に知らせてはいなかった。
学校に現れる、七不思議と呼ばれることもある異能を持ったモノ。
屋上の神社が原因で時折出現するソレらを、天文部顧問と協力して退治する、というのが主な活動内容だった。
臨時助っ人として加入した結城は、黙っててくれという約束を妹にまで守っていたらしい。
俺は巳羽ちゃんに、結城と一緒に解決した一つの事件の話をした。
放送室で起きたこと、物の紛失、ツナグたちの能力の話を少し、敵の異能が自分たちには手に負えなかったこと、そして結城の活躍と……。
妹にまで黙っていた原因は、中等部まで被害が及ぶんじゃないかと心配していた兄心にあるのかもしれない、そういって話を締めた。
巳羽ちゃんは納得したようにお礼を言って
「ちなみに、なんですけど。ハザマで兄と会ったときに、何か変わった様子とかは、ありませんでしたか? ……いえ。率直に聞くと、兄の事、どう『見え』ましたか?」
と続けた。
どう見えたか、それはきっと解析の能力での話だろう。
フタバ同様、結城へ疑いを持つように仕掛けられている。
もしかしたらその不安は持たせ続けた方が、この兄妹にとってはいいのかもしれない。
でも、俺は、ここで不安を煽ったり誤魔化したりするよりは、自分が感じたことを言っておくべきだと思った。
「俺がバツと合流したのは、バツの方から連絡が来たからなんだ。急に飛ばされて、味方とか敵とか全然わからないし、全然見た目も見慣れない人も多い中で……。あいつは『巳羽を無事に帰したい』っていつも通りに妹を心配してたよ。絶不調って感じだったし、自分がまず危ないのにね」
「まーなに、俺が異能で観れることって結局表面的っていうか……。さっき結城さんがあの……名前しらないな。あいつを信用できるって感じたのとそう変わらないんじゃないかな。俺はバツの言葉を信じてるよ」
「……そう、でしたか」
巳羽ちゃんの、僅かに強張っていた表情が少しずつ解けていく。
「何かの冗談だって笑い飛ばしたい自分も、別の知り合いがアンジニティとわかって、不安を払拭しきれない自分もいて。だから、誰かの後押しが、欲しくなってしまって」
「でも、もっと単純に考えて良いんだって、気付けました。わたしが兄の事をどう見たくて、どうしたいか。それだけで良いって」
少し言葉につまりながら、巳羽ちゃんが言うのを聞いて
急に俺はさっきの姉を思い出した。
観えるから、姉がいったい何なのか分からず不安がっていた。
後押しが欲しかったのは自分の方かもしれない。
今までは自分で自分を後押しで来ていただけ。異能が、お前は正しいと保証をしてくれていただけ。
単純に、どう見たくて、どうしたいか。
結城にできたことが姉にはできなかった理由。
……ここに来てから、異能に頼りすぎていたのかもしれないな。
少しだけ考え込んでしまい、巳羽ちゃんが伏せていた顔を上げているのに気付くのが遅れた。
「なんか、俺も、結城さんと一緒だったのかも。人に偉そうに言っといてだけど……。なんか、自覚なかったけど友達と家族ってまたちょっと違うね」
今さっき偉そうに言った手前、何を悩んでいたのか言うのが躊躇われて、そう誤魔化すように言う。
姉がいることを知っている巳羽ちゃんなら、何のことを言っているのか分かってしまうかもしれない。
「ありがとう、結城さん話せて良かったよ」
分かられていたらそれはそれでいい。
そう思ってお礼を言った。