死ななければいけない。
異能はクィンに幼い絶望をもたらした。
彼の異能は無機物へ生命力をわけあたえる。
異能の存在に気づいたのはまだ世界の認識もおぼつかない頃だった。
善悪の区別のつかない時分は平気で残忍な所業をするもので、
クィンもまた祖父母宅に預けられた際は捕まえたテントウムシをビニル袋に収めては潰す遊びを好んでした。
付近に遊び相手はおらず、他にもっといい遊びがあったなら、そればかりをすることはなかったと思う。
テントウムシは小さく弱い。
幼子の力ですらたやすく形を変える。
潰れた甲殻と黄色い液体で汚れた袋を振り回し草むらを探索し、
たわむれに手をつっこんでは遺骸をひとつつまみあげた。
タンポポの綿毛のように息を吹きかけると、指先のそれはたちまち小さな炎へ変じた。
温度も痛みも与えることなく、わずかの間輝いてそれは燃え尽きる。
火種が尽きれば、また草むらを注視してそいつらを探す。
そして完璧な死体を見つけた。
タンポポの葉の先、死んだテントウムシが綻びひとつない体で風にゆれていた。
指先に乗せれば乾いて軽く、身動きひとつしないものだから、うっかり潰してしまいそうだった。
他と違うことはわかっても生死の違いに気づかない幼いクィンは、
これといった気持ちもなく息をふきかける。
途端、それをつまむ指が熱を持つ。
これまでにない現象に瞳を瞬かせた矢先、死体が飛翔した。
先ほどまでの様子は演技だったとでも言うように。
それが無機物となった骸へ生命力をわけあたえ蘇らせた初めての経験だった。
そういうこともあるのだと受け入れて両親に伝えなかったけれど、
善悪の概念がないゆえに許された遊びはこの日を境にやめてしまった。
小学校にもあがれば異能を自覚したものはそう珍しくなかった。
異能と向き合うための心構えを育てる異能教育の一環で、親の監督のもとの異能の使用が奨励された。
発動内容や発動条件を誰もが自覚したときにわかっているわけではなかった。
同様にクィンは異能を探るために多くのものを燃やした。
ぬいぐるみ。車の玩具。お菓子。
生き返ったのは晩ごはんにする予定だったサンマ。
母の隣で開きのやり方を学ぶため包丁を握ったクィンはサンマの蘇生と同時に熱を出して台所に倒れた。
熱は一晩下がらず、その節は両親に心労をかけたと反省している。
そこから更に試行錯誤し、わかったことは以下である。
・無機物に生命力をわけ与える
・死体なら生き返る、それ以外は燃える
・手の触れる範囲
・自覚的な行為であること
・クマタロウは特別
クマタロウはクマのぬいぐるみだ。
幼いクィンの友達に母がつくったそれはひどく不格好だ。
大きさ80cmほど、経年劣化でだるだるに伸びた皮に綿は下半身に集まり、
適量の綿が詰められた頭部と、綿の少ない上半身は奇妙な印象を与える。
そのうえ首を掴んで引きずり回したものだから、足から尻にかけては引きずり跡でボロボロになっている。
これもまた燃えるかと思ったが、なぜか、動き出した。
もとよりずいぶんと大きく、FAT-MANの様相で。
どうして動き出したのかは誰にもわからない………。
子どもとは変に敏いもので、
自身の異能への理解が深まるにつれ、反比例するように芽生えた母への罪悪感は根を太くした。
母は体が弱かった。よく寝こみ時に入院した。
それを自身の異能のせいとクィンは考えた。
無機物へ生命を分け与える、その源はクィン自身の生命力。
だから腹にいるうちに母の生命力も奪ってそれで体を弱くしたのだろうと。
大人に話せば筋の通らない矛盾を指摘されただろうに、
年齢相応に狭い視野は罪悪感から告白を許さず、常に母に心で詫びて育った。
だから私は困らせてはいけない。
人にやさしい、いい子でいなければいけない。
他人を羨んではいけない。
この身を捧げなければいけない。
道理もわからぬまま、心からわきおこる望みに目をそむけ、滅私に尽くそうとする。
これが彼の抱える絶望だ。
**************************************************************************
エインモーネ
アンジニティによくいる大量殺人の罪で収監された男だよ。特殊事情によりクマタロウに危害を加えられることはないんだ!
クマタロウ
今しがた押しつけられた水彩ペンと、それを渡した張本人であるぬいぐるみ、両方を見比べて男は首を傾げた。
 |
エインモーネ 「おまえが作成を頼んだものだ。なぜ私に渡した?」 |
 |
『大事なものは自分で持たない方が安心』 『だから持ってて』 |
 |
エインモーネ 「なおさら自分で持つべきだ」 |
 |
エインモーネ 「はぐれるなよ」 |