聖女である私を忘れた私は、事実、太陽を見続ける向日葵だ。
バレンタインとかいうまた何かに踊らされた様なイベントで聞いた言葉。
滑稽なことだ……。
私は、太陽に見放された夜の影に生きる存在であるのに。
いや、だからこそ。
明るい光に誘われ、求め、消える運命を背負ってしまったわけだけれども……
滑稽だ……実に。
どれだけ傷を負おうと、光に夢を見ることをやめない
嘘の私が。
悲劇の被害者になどなってたまるかと思って手を伸ばした結果がこうであったというのに。
嘘の私はそれを知る由はない。
消える最後の時まで学ぶことはない。
覚えてないのだから。
石を投げられ、否定され、堕ちたことを。
そしてそれでも、救われることを待ち続けた事を。
かすかな光に手を伸ばしたことを。
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セシリア 「………」 |
これは、早乙女陽が覚えていない過去の話だ。
セシリアが初めて陽が生きる世に姿を現したのは、彼が中学1年の春のある日の事だ。
子供の体ではそこまで多くの血は必要なく、牙もない。
だからこそ、植物の生気をいただくだけで問題なかった。
更にもうひとつ。
子供の体には、セシリアが現れるだけの力もなかったのも、ある。
唐突に来たその日は……陽が大人の仲間入りをしたその日だった。
その日を境に、急激な変化を迎えた体は足りない血を切実に欲した。
ツライ、ツライ、ホシイ、ツライ、ホシイ、ホシイ、ツライ、ホシイ
ツライ、ツライ、ホシイ、ツライ、ホシイ、ホシイ、ツライ、ホシイ
ツライ、ツライ、ホシイ、ツライ、ホシイ、ホシイ、ツライ、ホシイ
ツライ、ツライ、ホシイ、ツライ、ホシイ、ホシイ、ツライ、ホシイ、チガホシイ!!!
――いわゆる、子供から大人へと変わっていく吸血鬼が迎える衝動期の到来だった。
ただひたすらに血を求め苦しむ。
これは血を吸うことで収まるが、大人の吸血鬼へ変わっていく事も同時に意味している。
本来なら、その衝動を耐えることなく血を求め大人への階段を登っていくのが吸血鬼のセオリーだ。
だけど、それを少年が簡単に受け入れるほど心が成長しているわけがなかった。
だって、まだ中学生。
親の愛すら、深く付き合える友すら居ない少年が。
これ以上どうして地獄に突き落とされなければならないの。
姉のように、母のように見守り続けた嘘の私が思わないわけがない。
だからセシリアは自分が必要な血を摂取する道を選んだ。
少しでもその衝動を逃がそうと。
吸血鬼へと成る運命を先延ばしにするために。
聖女であることを知らない私より聖女らしい嘘の私のその行動。
結果的にそれが、自分の寿命を伸ばす道だったとは知らずに。
―――だけどその行動は、さらなる闇も生み出すこととなる。
まだ女物の服などもたなかった私は、驚愕の顔を浮かべた親を置いて陽の制服のまま夜の街に出た。
ただひたすら、血が欲しかった。
その時ばかりは血が足りなくて限界が近い私の足取りも危うくて、フラフラ。
でもどうやって、血をくださいと言えばいいのか。
ここはイバラシティではない、日本の都会のどこかの街。
それゆえ、誰も異能なんてものは知らない。
吸血鬼の存在など、伝承の一つとしてしか知られてない。
そういうフィクションの存在だ。
でも私はここにいる。
生きていくために、血を探して。
だけど私を見つけた男は、皮肉にも。
早乙女陽が通う中学の担任だったのだ。
仕方のない話だが、制服を着ていたから不審に思ったのだろう。
ポケットに学生証までご丁寧に入っていたから適当な言い逃れもできなくて。
誰も居ない学校まで連れてこられ……それから。
陽の世ではじめて吸った血は同意のない吸血だった。
説明もうまく出来ず、限界で、限界で。
そして私の牙の毒に当てられた先生は――――
こうなってしまっては後の祭りだ。
味をしめてしまった男は、何も知らない陽を自分の手元に置こうとしたし
親はそれすら気味悪がったし
私のとる道は自分を餌に血を得ることしかなくて
せめて、同意の上で血をくれる人物を探すことにした。
獣のような自分は嫌で、獣のような人間を見るのも嫌で
ただ少しの間だけでも、私を見て愛してくれる人を求めた。
それでも救いがなかったわけではなくて。
私は、極彩のスタイリストと呼ばれる男と出会った。
クリスティアーノ
コスプレショップ「イバコス」の店員。チャラい。
極彩のスタイリスト。
早乙女陽をイバラシティへと導いた男。
家庭崩壊寸前の家の中。
この男の入れ知恵で両親はイバラシティの存在を知る。
その後のことはもうおわかりだろう。
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父親 「いいか。お前はおかしな病気にかかっている。お前のそのおかしいところを、イバラシティという島で隔離しながら治すんだ。治るまでは決して帰ることはできない」 |
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父親 「仕送りでなんとか工面しながら頑張りなさい、いいね?」 |
――――こうして、早乙女陽は両親に捨てられるように、イバラシティへと片道切符で送られたのだ。
それは、中学2年の冬のある日のことだった………………。
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セシリア 「………喉が渇いた、な」 |
―――― 時計の針は、03:00 ――――
さぁ、狩りの時間だ