
私の世界は、死にかけていた
誰かから聞いた話では、ずっと昔は高度な文明が世界を覆い、いくつもの街や国があちこちに存在し、多くの人々が豊かな暮らしを送っていたらしい
けれどもいつだったか、人々は世界中を巻き込んだ大きな争いを始め、地上を、海を、空を、兵器が覆いつくし、たくさんの銃弾や爆弾が休む間もなく飛び交ったという
それから何十年たったのか
世界に残ったのは行けども行けども広がる荒廃した土地と、制御を失った無人の殺戮機械、人々を殺すためだけに生まれた強靭な生命力を宿す生物兵器
そして、それでもなお生き残った私たち人間だった
私が生まれたのは、荒廃した世界で安住の地を求めて旅する一団だった
両親は私が物心つく前に母親は病で死に、父親は一団を襲った生物兵器に喰い殺されて死んだという
この世界の人間は多くのものが"異能"という力を持って生まれてくる
世界が豊かだったころは使用に制限を設けていたりしたらしいが、この時代にそんな余裕は無い。皆が持てる力をすべて使い、生きていかねばならなかった
しかしその中であって、私の異能は『生命力を与える白い炎を生み出す』というものだった
聞こえだけは良いが、その実炎を生み出すには私の生命力を必要とし、そしてそれは私が一歩も動けなくなるほど力を行使したとして、ようやくかすり傷を完治させれるようなか細いものだった
詰まるところ、私は役立たずだった
「テメェ、何度言ったら分かんだ!」
「あぐ……っ!」
男が私の顔を殴る。平手ではない、拳だ。
「歯ぁ当てんなってよぉ、俺何度も言ったよな?全部へし折ってやろうか!?」
倒れた私に、男は馬乗りの姿勢になると何度も顔を殴りつける。
「す、すい"ませ"っ……ち"ゃんと、ちゃんとしま"ずから……!」
殴られて呂律が回らないが、それでも必死に謝り続ける。
「てめえみたいな役立たず、殺したとこで誰も文句つけねぇんだぞ?分かってんのか?」
……その通りだ。
テントの一室。私はボロ切れじみた薄布一枚纏っているだけで、男に至ってはほとんど裸同然だった。
異能は使えず、かと言って15そこらの子供にできることなど限られてくる。
ならばこの秩序の無き時代、あぶれている仕事というのは必然的にそういった『汚れ仕事』になるわけであり
それが、今の私にできる精一杯の皆への奉仕だった。
そんな薄汚れた奴に優しくできるほど、今の人たちに余裕があるわけじゃない。
暴力を受けたのもこれが初めてじゃない。嫌がらせで物を投げられたり、集団でいじめられることも昔からよくあった。体のいいストレス発散として私は丁度いい対象だった。
それでも私は、私にできることを必死に探した。捨てられたくないからとか、恵んでもらいたいとかじゃなくて、純粋に皆の役に立ちたかった
ああ、でも……
「おい、何睨んでやがる?何か文句でもあんのか」
男を睨みつけた覚えはない。
この男は一団でもたびたびトラブルを起こす厄介者だ。今日もまた何かもめごとを起こしたようで、そのせいか一段と気が立っていた
「そん、な……睨んでなん か" っ……!?」
言い切る前に、男は私の首を両手で絞めつけた。加減は一切ない、本気の力で。
「どいつもこいつもうっとおしい事ばっか言いやがって!どうせてめえもそうなんだろ、ええ!?」
私の華奢な体に男は全体重を乗せ首を絞める。息ができない。内臓が押しつぶされそうになる。
「あ"っ……や"、やめて"……し……し"ぬ……」
もういやだ
私はこんなことのために生きてるんじゃない
こんなことで死ぬために、私は生まれてきたんじゃない
誰か
助け
て
『私が助けてやる』
「あ……?」
男は気が付けば、自らの周囲を黒い炎が覆っていることに気が付いた
「なんだこりゃ……てめぇ一体何を……!」
言い切る前に、男を黒い炎が攫った
数秒後、後には灰のようなものが残されていただけだった。
『……』
体を起こす
傷は全て癒えていた。たった今男から奪った生命力を糧に
『
……しばらく眠っていろ、「私」』
その日から
私じゃない、もう一人の『
私』が生まれた