──お掛けになった電話番号は、ただいま使われておりません
お掛けになった電話番号は、ただいま使われておりません──
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南波 祥子 「くそっ」 |
舌打ちして、通信機器を投げ捨てようとして……やめる。
そもそも、この感情を抱くこと自体が間違いだからだ。
(あの娘と私は、赤の他人だ)
≪こんなもの≫
ワールドスワップが無ければ、決して交わらなかった線同士。
そして早乙女章平──南波祥子はアンジニティで、早乙女ちえりはイバラシティの人間。
自分は侵略者だ。
ここにいるだけですべてを害し、傷付けている。
だから、
あのイバラシティを 故郷を
蹂躙し、害し、汚し、破壊することこそが、
侵略者として、彼らに捧げられる最低限の『礼儀』のはずだ。
額にあてた己の指先が、皮の手袋越しに 冷たさをつたえてくる。
目を閉じた。
偽りの思い出が、向こうから駆け寄る足音が聞こえた。
分娩室の向こう側で聞いた、子猫のような産声。
はじめて掴まり立ちをした日のこと。
卒園式。入学式。合唱のなかでも、もちろん!彼女の声は聞き分けられる。
腕の中に収まる体温……ころころ変わる、表情、表情、
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早乙女ちえり 「パパを返してッ!」 |
電話越しだって、わかる。
直接見なくたって、どんな顔をしていたのか……
呪い。
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南波 祥子 「うまく言ったもんだ。」 |
紫煙がくゆり、赤い空に溶ける。
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早乙女ちえり 「……」 |
くろすろーず? だとかいうものにも、手慣れてきたと思う。
通信を一旦終えたときの、まぼろしに酔うような感覚も、
一時間たって きっかり記憶が流れ込んで、頭が揺れるやつよりはマシだ。
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早乙女ちえり 「だいじょうぶ。だいじょうぶ、だいじょうぶ」 |
ぽつりぽつりとつぶやいた。
初めてだれか知らないひとを傷つけた。
思ったより硬かった。
──幼馴染に、あんなふうに、怒鳴られたことはなかった。
"何が出来るっていうんだ"
"怪物共がうようよいるぜ!? 敵は容赦のない奴らで、知り合いだって混ざるだろうさ!"
"それに耐えられる能力と覚悟があるっていうのか、ちえり! 無いだろうが!"
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早乙女ちえり 「わかんないよ……」 |
甘えた言葉が再び漏れる。 きっと本当に、侵略とかそういうのを頑張ってるひとたちにとって、
僕ってやつはすごくバカみたいに見えるんだろうな。
唇を噛んだ。
挟みこまれる『向こう』の日常では、僕らはいつものように学校に通って、
居眠りしたり、怒られたり、笑ったり、進路はどうするんだって話、 したり。
先輩と食べたパフェの写真を見て、しめーくんが罰ゲームか?って失礼なこと言ったり、
パパが焼いてくれたトーストが焦げ焦げだったり、
なんばが、あれ忘れてないかこれ持ったかってうるさくて。
僕は………
やっぱり、一人だけ、逃げることなんてできない。それだけがわかる。
だからここでメソメソ泣いてる場合じゃないんだ。
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早乙女ちえり 「だいじょうぶ。だいじょうぶだ……」 |
袖で顔を拭う。どんどん服が汚れていく。
怪我した左腕の、上のほうを紐っぽいもので縛ってみたり、
使えそうな包帯を探してみたりしたけど、どれもうまくいかなかった。
ぽたり。
また、指先から血が落ちる。
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早乙女ちえり 「(これって大丈夫なのかなあ……)」 |
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早乙女ちえり 「だ、だいじょうぶ! だいじょうぶ、だいじょうぶ。」 |
弱気になっちゃだめだ。
凄く痛いけど、我慢できないほどじゃない。
最初ほどぼたぼた流れてるわけじゃないし、
それに、
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早乙女ちえり 「(血が流れてるときほど、うまく手からキラキラーって出るような)」 |
どうしてなのかはわかんないけど、この場所だといつもより強くチカラが使える気がする。
れっくんにはああ言われたけど、『耐えられる能力』ってやつは、ここでだけならあるのかもしれない。
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早乙女ちえり 「(れっくんにも、先輩にも心配されそうだから、言わないでおこう……)」 |
だけど見た目はよくないし、
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早乙女ちえり 「っくし。」 |
濡れてるから、ちょっと寒いな……
このふしぎな動く街。ここで探せば、使えそうなものがあるかもって思ったんだけどなあ。
こんなときになんばがいたら、きっとすぐに見つけてくれたのにな。
ちえり!ここにアッタぞ! とか言って。
あるいは、早く血をとめろ!なんて怒られてたかもしれない。
こころがずしりと、重くなる。
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早乙女ちえり 「戻ろっと。」 |
油を売ってる暇はない。僕以外のみんなは、確かな目的があって動いていて、
少しでも立ち止まれば きっと置いていかれてしまう。
(誰かと出くわさないといいな)
そしたら、また戦うことに、なるんだろうか。
いや、なる。なるんだけど、
(ついさっきもあったんだから、さすがにしばらくはないよね……)
記憶が流れ込んでだいぶ混乱してるけど、あの人たちと戦うことになって、
そんなに時間は経ってないはずだ。たぶん。