
新しい景色を見るのは、いつだって楽しかった。
知っている言葉だけに落とし込んで伝えるのは、
とてももどかしいような、勿体ないような気持ちになる時もあったけれど。
それでも、たどたどしいそれにも耳を傾けて目を輝かせてくれる。
一緒に見ようと、ふたりの夢が増えていく。その時間が楽しかった。
一度、寝てばかりいる兄に、寝ている間の空の色を全部教えてあげよう、と考えた事があった。
毛布を被って、窓におでこを付けて、じっと息を潜めて、中々移り変わらない夜空を、見つめ続けていた。
結局途中で眠り込んでしまったけれど、はっと目を覚ました時に、私は見た。
ゆっくりと、塗りつぶすのが難しそうな夜色の緞帳を押し上げて行く、淡い炎のように引かれた赤い光を。
夕焼けとはまた違う、夜と朝の、鮮やかに溶け合った境目を。
かぎろい
火光
あの色を、あの瞬間を、私は兄に、何と伝えただろう。
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吸血鬼の王オニキス。
彼は、イバラシティでの『天河ザクロ』を単なる虚像だと言い切った。
イバラシティでの天河ザクロは、確かにイバラシティで生きていた。
今現在だけではなく、過去を持ち、積み重ねてきた知識を、自身の考えを持ち、未来を見つめていた。
それすらも全て生み出されたもので、そんな存在が、他に何人もいるのなら、
この侵略戦争の舞台を作り上げているのなら、
それはとても、途方もない力に思えて。
これまで揺ぎ無くあった事だと信じていたものが欠けて、ぐらつく。
自分の中に、あとどれ程作り上げられた記憶があるのか。
あと何度、この感覚を飲み込まなければならないのか。
それもまた、途方もない事のように思えて、眩暈がした。
オニキスは語る。
アンジニティの世界のこと。
彼らは確固たる個を持つこと。
和解は出来ないこと。
『力』のみが、互いの間で通じる規則だということ。
彼が求めるのは、『力』と『己の定義』。
彼自身の存在によって揺らいだそれを改めて己のものにしろと彼は言う。
実際、それは否定の世界で生きてきた彼らと渡り合うために必要なものなのだと思う。
けれど、ひとつだけ。
「イバラシティで、どれほどの言葉と思い出を重ねてきたとしても……?」
彼らは、揺らがないものなのだろうか。
『オニキス』という現実を目の前にしても、
アンジニティの過酷さを耳にした後でも、口にせずにはいられなくて。
「――束の間の火光(かぎろい)が、己を塗り替えることなど、ない。定義以前の、公理としてだ」
彼の答えは静かで冷たく、はっきりとしたものだった。
分かり切っていた答えに、胸がじくりと痛みながらも、不思議と笑ってしまっていた。
それはきっと、彼の言葉を、そのまま鵜呑みにするつもりがなかったから。
私達を死なせないために、躊躇わずに戦わせるために語った事実なのだとしても、
どうしても自分の目で確かめたかった。
彼にとっては陽炎でも、私にとっての火光は、夜を朝に塗り替えていくものだから。