
今思うと、姉さんは「先生」の事が苦手だったのかもしれない。
それとなく、「先生」に関わらないようにしていたし、俺が「先生」と話しているとさり気なく、引き離されていたような気がする。
「先生」は俺達に勉強を教えてくれる人だし、何よりも「白の騎士」筆頭だから、関わらない訳にはいかない人なのだけれど、それでも一生懸命、距離をとろうとしていたように見えた。
姉さんがお読めに行くことが決まって、結婚相手の人のお家に行くことが多くなった頃も、「先生」が護衛につくと言う話があったはずだけれど、いつの間にか別の人達が護衛についていた。今にして思えば、姉さんが「先生」が護衛につくのを嫌がったのかもしれない。
どうして、姉さんは「先生」のことを苦手に思っていたのだろう。
「先生」は、ちょっと変わったところもあるけれど悪い人ではないのに。
もしも、姉さんの護衛に「先生」がついてくれていたら、姉さんは、死なずにすんだのだろうか?
アハルディア・アーキナイトと言う男を「災害」と認識する者は少なくない。
そして、その男を有するコンソラータ家を「驚異」と見る者もまた、少なくはない。
ヴィットリオがその辺りもきちんと認識していてコンソラータの家に仕えることを決めたのかどうか、若干の不安がない訳ではない。
だが、同時に、あの「災害」とも呼ばれる「死毒」を有しているコンソラータ家に仕えているならば、ある一定ラインの安全が保証されるのも事実なのだから、もどかしい。
ヴィットリオの異能は、使いようによってはいくらでも悪用できる。
今のコンソラータ家の当主のやり方であれば、その悪用できるやり方を強要はしないだろう。
あいつが、意にそぐわない悪事に加担させられるような事がないならば、まずはそれで良いとしよう。
とは言え、油断はできない。
アハルディア・アーキナイトと言う「災害」が身近にいると言う事、それは、十二分に警戒に値する事実なのだから。
「正直、普通と言うか一般的な「騎士」の意味合いなら、アハルよりジェルトヴァの方が近いんだろうと思う」
以前に、当主様がそんな事を言っていた事があった。
確かに、心構えというか、あり方と言うか。普段の言動やら何やらは「黒の騎士」筆頭たるあの人の方が、アハルディアよりも一般的に考える騎士に近いと思う。
ただ、
「だが。コンソラータ家の「騎士」としては、アハルの方が正しいんだ。困ったことに」
とも、当主様は言っていた。
あれは、一体どういう意味だったんだろう。
実力としては……アハルディアとジェルトヴァさんだと、ジェルトヴァさんには申し訳ないながら、アハルディアの方が上だと思う。異能の問題もあるし。
でも、当主様の言い方だと、実力の事を言っていた訳ではないような気がする。
もしかして、噂に聞く「「死毒」のスカウト枠」と関係あるんだろうか?
アハルディアが見つけてきてスカウトした人材は、面接も実力テストも全部パスして「騎士」として採用される、と言うアレ。
他にも、面接でアハルディアが何らかの素質を見出した場合、実力テストが軽くなる、と言う噂もある。
俺は一般採用枠で、その辺りの噂とは縁がないから詳しくはわからない。
でも、もし、「騎士」にコンソラータ家を守護すると言う以外の役目があるのだとしたら、それは、一体どんな役目なのだろう?
知らずともいい。
知らなくてもいい。
気づかずとも良い。
気づかぬが良い。
大丈夫。
愛おしき者達よ。
知らずにいなさい。
気づかずにいなさい。
知らぬままの方が。
気づかぬままの方が。
そちらの方が良い事も、この「毒」としか表しようのない世界には、無数に存在するのだから。