
1,世界平和への手段
『ワールドスワップ』という事象には重大な欠点が二つある。
まず一つめ、『戦うこと』が前提である点。
武力は常に報復の可能性を孕んでいる。もし仮にワールドスワップが成功したとして、叛逆されてしまえば、それは平和な世界と言えない。叛逆への対処をしなければならず、平和の維持コストが高くなってしまう。
アンジニティという世界そのものが平穏と程遠いことから、ワールドスワップが安寧の地を得る手段ではないことは明らかだ。
そして二つめ、『侵略が成功した場合、互いの住民が入れ替わる』こと。
これが最大の欠点であると私は考える。急速な変化は、必ず振り落とされる者が生まれてしまうからだ。そうした者が、いずれ反乱分子となり革命を企てる。
社会という集団は、常に支配者を交代させて発展していく。無論、こうした歴史の流れが議論を呼び、発明を生み、世界を豊かにしてきた側面はある。
しかし私は、そんな束の間の平和など求めない。
ワールドスワップの修正を行うべきだと考える。
具体的な取り組みとして、現時点では例外を作ることしかない。例外という枠を恒常化し、ワールドスワップという事象に組み込ませる…………こちらから干渉する手段が見つからない以上、向こうに受け入れさせるしかないだろう。
この欠点を解決しない限り、私が望む世界には至ることができない。
しかし。
これら二つの問題を解決させる手段は、『影響力』を得ることのみだ。影響力を得る為には、戦うしかない。
戦いを避けられない構造が、既に完成してしまっているのだ。
◆◆◆
 |
リズン 「っ、おっと」 |
歩いていると、ふと何かに躓いた。転ばずには済んだが、数歩よろめく。
ナレハテの死骸にでも躓いたか。
足元を見るが、特に見当たらない。
おかしいと思い至ったところで、ここが現実世界ではないことを思い出す。
己の知る物理法則など、何の役にも立たない。
溜息をひとつ。
ペンとノートを、適当に放った。
 |
……考えれば考える程、手遅れだ。 後手に回った時点で、負けている。 |
ああ、やだやだ。
暴力でしか得られない場所なんて、いつか暴力で奪われるだけなのに。
単純なことだ。血で始まる革命は、血で終わる。
歴史が物語っているではないか。
戦争とは。
歴史とは。
繰り返された報復の軌跡だと。
戦争のきっかけなんて、歴史を紐解いてもわからない。
遥か昔、人類が言葉を得る前まで遡ったところで、答えなど存在しない。
全ての生物が抱える、負の遺産なのだから。
しかし────他に手段は見当たらない。
作れない。
権利がない。
資格がない。
まるでアンジニティという世界の兵器にでもなったみたいだ。いや、まさにそうなのだ。
俺は既に、欠けても構わない歯車のひとつにされてしまった。そして戦争が終わるまで酷使され続けるのだろう。
 |
リズン 「……これは、荒事を避け続けた報いなのかもね」 |
ぽつりと漏らした言葉が、誰かに拾われることはなく。
生前であれば。
こんな弱音を吐こうものなら、叱咤や激励がすぐに飛んできた。
いつも誰かがいてくれた。ひとりだった瞬間なんて、少しもなかった。
だからこそ、彼らは巻き込まれたのだ。
もう、あんな過ちは犯さない。
傷付くのも、死ぬのも、裁かれるのも────俺ひとりで充分だ。