『僕に触れないで、
君が不死を望まないのなら』
薊(アザミ 英:thistle)
キク科アザミ属の多年生植物。葉や総苞に棘を持ち、触れると痛いという特徴を持つ。
花は赤紫や紫色をしており、新芽や根は山菜として食される事もある。
花言葉は『独立、報復、厳格、触れないで』
最初に"死にそう"になった原因はなんだったっけ。
………あぁ、確かそう。フフフ……あれは
『熊に食べられた』んだった。
村の人達がびっくりして熊を撃って追い払ってくれたけど、弾を何発も受けた筈の熊は
その場を転げ回って、たくさん暴れて、遠くへと逃げていった。
……あれはきっと急所を撃たれても死ななかったんだ。
──僕の肉を、血を、口にしていたから。
その時僕は、自分が人じゃない事を思い出した。
自分がどういうもので、何が出来るのか。全て理解して、それで。
村の人達はとても優しかった。
何処から現れたかも知れない、名前しか覚えていない僕の事を皆で育ててくれた。
優しくて、僕が何者なのか分かった時、みんなみんな僕と一緒に、
変わらずに生きることを選んでくれて、それで、
それで、みんな死んでしまった。
僕は、僕が与えられる力に限りがある事を知った。
同じように歳を取らず死なない体になっても
誰も僕みたいに体を再生する事も、血を簡単に止める事も出来なくて。
最期は沢山苦しんで、長い時間をかけて死んでいった。
それからの事は、あまり覚えてない。
気付いたら僕はすっかり焼けてどこもかしこもボロボロになった村に一人で立ってた。
あまり覚えてないんだけど、僕は、僕の力で沢山の人を殺した事だけは覚えてるよ。
誰も来てくれない村で、ただただ僕は自分が終わるのを待った。
そんな事、叶いもしないと分かってるのに、他に何もしたい事がなかったものだから。
それに何も変わらない、ただ待つだけの時間は僕にとってそう苦痛を感じるものでもなかったし。
そんな変わらない毎日の中で、偶然知ったのがアゲハの事だった。
村の付近の森で首を吊っていた人間がポケットに入れていた小さな紙片。
『死にきれない時は連絡を』
それだけのメッセージ。連絡先も載ってない、不思議な紙切れ一枚。
たったそれだけのキッカケが、僕とアゲハの出会い。
『死ねないから殺してほしい』なんてお願い、今思い出すとつい笑っちゃう。
だって、アゲハの言う『死にきれない』は、不老不死を指していたわけじゃないもの。
僕らは焼け落ちた村で出会って、僕は折角だから一回殺されてもみた。
結局駄目だったのは、言うまでもないね。
彼が立ち去る前に死んだはずの僕が顔を出した時の、あの驚きようときたら、
もう可笑しくて可笑しくて。
アゲハは元々死にたがりを改心させる仕事をしてたんだって。
でも、無理に生かす事が正しいとは思えなくなったから、今の『仕事』を始めたんだって。
でも彼は僕を殺す事ができなかった。ただの人間に過ぎない彼に、そんな事出来るはずもなかった。
かといって、放っておくのも駄目だと思ったみたい。
凄くお人好しで優しいんだ。それを言うと、アゲハはいつも嫌そうな顔をするけれど。
僕らは二人で度々会い、何てことない話をした。
たまには真面目にどうやったら僕が死ねるのか、なんて話もしたっけ。
そんなあっという間の短い日々の中で、僕らは幾つかの『約束』をした。
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白死木 「……二度目だね」 |
荒廃した町並みを眺め、青年はポツリと呟く。
頭の中には幾つもの記憶が押し寄せるようにして溢れかえっていた。
あの街における父親であるらしい男の仕事を手伝った記憶。
街で声をかけてきた知らない人と一晩過ごした記憶。
学校の教室で、クラスメイトと顔を合わせた記憶、呆れたように笑われた記憶。
ワニに"肉"をあげようとして怒られてしまった記憶……。
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白死木 「フフ、僕学校なんて行ってるんだ。結構楽しいね、学校」 |
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白死木 「アゲハはどう?何かあっちの街であった?」 |
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目線の先に立つ男は自分と同じく記憶を振り返って整理しているのか、ぼうっと突っ立っている。 ……その表情がどこか苦々しく見えるのは何故だろうか。 |
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白死木 「………どうかした?」 |
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アゲハ 「……ん……なんでもない」 |
結局表情の正体は掴めないまま男はいつもの様子に戻ってしまう。
アゲハの「なんでもない」はアテにならない。
鈍い青年ですら長年の付き合いでそれが分かっていた。
とはいえ聞いて話もしない男にあれやこれやと聞き出すほど
青年は深い関心を抱いていなかった。
あくまで彼とは友人同士。そのうえ双方話したがりでも聞きたがりでもない。
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アゲハ 「はぁ……行くぞ」 |
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白死木 「はぁい」 |
少し前までは一切口を聞いてくれなくなっていたのに、
最近の彼は記憶と共に人間らしさを取り戻したように見える。
その経緯を青年はよく知らないのだけれど、一時は荒れた精神状態も、
"ここ数年"ですっかり落ち着いてきたらしい。
その変化は彼にとってきっと良い変化なのだろう。
青年は機嫌良く彼の後ろについて歩く。
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白死木 「……どうするのが正解なんだろうね」 |
何気なく呟いた一言は誰に拾われる事もなくハザマの虚空へと溶け消えた。