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昔語り
ある旧家に男児が生まれた。
生まれたばかりの子を掲げる父、母も産婆も、みな諸手を挙げて喜んだ。
──…というのが、一般的であったろう。
ところがその子は家にとっては厄介者で、生まれてすぐ離れの蔵に押し込められたのだ。
理由は簡単、子は父の不貞により産まれたものであるからだった。
もしも子が、その家に唯一の存在であれば、もう少し違ったのかもしれない
けれど正妻には既に何人かの子等が居たので、その子供はただ疎ましい存在でしか無かった。
産んだ女は子を置き幾ばくかの金と共に姿をくらまし、家の者にただ遺恨を残すものとなる。
捨てられなかったのは、父に僅かばかりな情があったからではない、
『外聞をはばかる』
ただそれだけだ。
けれど、ただそれだけ、で子は生きた。
身の回りの世話は家に仕えるものが行った。
学がないというのも恥と捉えたのか、家庭教師をつけられもした。
蔵の中より自由はなかったが、その蔵というのも、手付かずになって放置されていたのだが
曽祖父とやらが何某かを集めては収集していたとする古いもので
骨董やら書物はもちろん、通常の生物とも取れぬ白骨など、傾向が読めないモノで溢れていた。
子に退屈はなかった。
最初は、物を触ったり、動かして遊んだり、文字が読めるようになってからは
蔵書に手を出しては読み耽ける日々
家の者は皆、蔵の物を気味悪がって近づかなかったが
子はそれらに強く関心を寄せたのか進んで手にとっては観察を繰り返した。
そんな子の様子は使用人達にはひどく奇妙に映ったのだろう
気味の悪い子だと口々に囁いては、さらに遠巻きに扱うようになった。
この時点で、子と家の者に、まともな交流は成立していない。
使用人達は指示された事のほかは行わず、子と言葉を交わすこともなく
家族も誰一人とて、蔵に訪れたことすらなかった。
唯一、受け答えが成立していたのは家庭教師との間だけであったが
その家庭教師というのも、子に親切にするのはその父に取り入るためであった。
病弱な可哀想な子、と考えていた家庭教師が、子が家全てから疎まれていることを知ると
手の平を返したように態度を変え、手を上げるようになったものだから
子は息を潜めて不興を買わぬように過ごす事を覚えた。
人というものは勝手だ。
己の為に動くものなのだ。
向けられる親切も、笑顔も、何もかも。
純粋な善意。そんな綺麗なものは、本の中にしか無いのだ。
……
…
そうして幾ばくかの月日が流れた頃、それは起こる。
まず最初に、家庭教師が亡くなった。
自然死ではない、赤に倒れ伏すそれの傍には、刃物を携えた子が佇んでいた。
使用人がそれを見つけ驚き逃げたのを追って初めて子は蔵の外を知った───…
…結果として
その旧家に居た者は蔵子を除き、全てその生を閉じる事となった。
最後に倒れた男が吐いたのは子への侮蔑と拒絶の言葉。
「…ああ。あなたが、僕の父だったのですね」
見下ろす子に、罪悪はなく
そして世界は反転する。
廿里 崇司
一家惨殺の末アンジニティへ堕ちた人間。
自身を否定した"世界"はとても小さなものだったが同時にそれが彼の全てであった。
齢、十余の頃である。
十ほどの子がどうやってこのような惨劇を起こしたのか
後に残された屋敷は離れの蔵の一部を残し全焼、
ただ蔵の書棚にはごっそりと抜け落ちた部分があると推察されるが
その関連は不明と判じられる。
これは拭い去れない昔の記憶。紛れもない己の罪の話。
決して人に知られてはいけないと胸に秘める過去。
"廿里 崇司"は両世界に置いてその全てに"差異がない"。
罪悪は今もない、あれらにかける情けもない。
けれどこんな己でも常識というものを持ち合わせているつもりだ。
だから、知っている。
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つづり 「───人殺しを受け入れる人なんて、居やしないでしょう」 |