本を眺める視界の端に、ぶんぶんと手を振る姿が見えた。
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「やーっと見つけた!やっほーハイネ!」 |
蒼い瞳に金色の髪。光に透かせばうっすらと紫色に見えるそれは、
離れたところからでもキラキラと輝いて見えた。
駆け寄ってくるその姿は今もたまに夢に見る。
もう、だいぶ昔のことだと言うのに。
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「まさかこんなに手間取るとは思わなかったよ。 君はほんとに神出鬼没というかなんというか」 |
Thistle = Nirelia
ぴょんぴょんと飛び跳ねるあいつは、だいたいいつもこんな感じでやってきた。
山の上、湖の下、森の中に洞窟の奥。目を離すとすぐに居なくなって、気付けばまた帰ってくる。
こっちはだいたいどこかで本を読んでいるというのに。
どちらかと言えば、神出鬼没なのはあっちのほうだと今でも思っている。
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ハイネ 「お前はいつも無意味に明るいな」 |
どこにでも走っていく彼は、初めのうちはとても異質なものに映った。
どちらかと言えばインドア派の自分には、まるで太陽のように思えたのである。
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ニレリア 「いいや違うね。君が暗いんだと思うな」 |
だからだろうか。
ずれた歯車同士とでも言うべきか。
本来噛み合うとも思えなかった僕ら2人は、何故か意気投合して良く一緒に居た。
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ハイネ 「暗いと言われると否定できないから困るな」 |
数少ない、いや、唯一といっていい友達だ。
少なくとも過去において、彼以上に気が合う相手に出会ったことがない。
イバラシティに引っ越してくる前、もっともっと遠いところで暮らしていた。
こことは違う、でも、不思議な力が認知された国。
その国はもっともっと西の先、それこそ世界の果てなんじゃないかってところにあって、
そんなに大きくはなかったように思う。
雪はあまり降らない暖かな気候で、どちらかと言えば農業に力を入れていた。
今になって思い返してみれば、不思議な力の存在も相まって笑ってしまうほど
ファンタジーな世界だったように思える。
近代化から大きく遅れていたのは、僕らの持つ不思議な力のせいもあったのだろう。
皆がそれぞれ能力に応じた役割を持っていて、その多くが、代々引き継いだ能力に依存していた。
周りにもそういった国々がいくつかあって、いつも面倒ないざこざがあった。
この時代に未だに剣士が居て、弓手が居て、魔女が居て、かと思えば近代の装備に身を包んだ人々も居る。
どちらにせよ、生活の多くを不思議な力に依存した僕たちは、
今更外に出ていく気もなく、外からの変化を受け入れることもなく、
ただただ、不思議な力で隠匿された領地を取り合う争いを続けていた。
時代から取り残された僕らは、遠くない未来に消えてしまう運命だった。
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ニレリア 「あぁ、そうそう忘れてた。そんな話をしにきたんじゃないんだよ」 |
僕らはまだ戦う必要もなくて、こうして屋上でただただ本でも読んでいれば良かったのだけど、
どうにもあいつはそうは思っていないようだった。
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ニレリア 「いやほら、また擦りむいちゃってさ。母さん達にバレる前に治したいんだよね」 |
そう言って、いつも血まみれの体を見せてくる。
初めは驚いたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。
大人になってから大概のことが気にならなくなったのは、絶対あいつのせいだと思っている。
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ハイネ 「擦りむいた、ね」 |
今日は胸元から縦一直線に血の痕がついていたけれど、確かにこれくらいは大したことがない。
前は腕がなかったし、その前は足がなかったし、大穴が空いていたこともある。
思わずため息が漏れた。
手を振りながら走ってくるからだいぶ混乱してしまう。
ニッ、と笑って見せるあいつはいつもどこかしら怪我していたように思えた。
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ハイネ 「……また洞窟に潜ってたのか?その探究心がどこからくるのか不思議でならないよ」 |
そう言いながら、血に濡れた手や足を元に戻してやるのが、いつもの流れだった。
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ハイネ 「はぁ……」 |
手を伸ばした。血まみれのニレリアの腕を手に取り、指先で触れる。
指先から炎が燃え移った。
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指先が光に包まれる |
初めは熱いらしい。けれど、すぐに仄かな暖かさしか感じなくなると言っていた。
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血まみれの体の上を炎の波が伝っていく |
体を這う炎の波が、埃も、汗も、涙も、古い体のすべてを焼き尽くして即座に再生させる。
完璧な肉体の再構成。本来あるべき正常な姿へと、物質を組み上げ直す。
ぼろぼろに破れた服も、繊維の一本に至るまで再現された。
血まみれの姿なんてどこにもない。目の前にあるのは、昨日見た形と同じだ。
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ハイネ 「終わったぞ」 |
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ニレリア 「おぉ、何度見ても不思議だ。これなら母さんにもバレっこない」 |
絶対にバレていると思うのだが、バレていないと言うのだからそうなのだろう。
すべてが再構成される力とはいえ、血まみれで街中を走り回った事実は消えないというのに。
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ニレリア 「ハイネのこれと、コーヒーの味だけは逆立ちしても追いつける気がしないよ」 |
あいつはいつも褒めてくれる。
ほとんどが生まれ持った不思議な力によって決まるこの世界で、腕前を褒められるのは悪い気がしない。
ただ逆に、この力を使うのはそんなに好きではなかった。
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ハイネ 「……」 |
目の前で笑うあいつは力を使う前後で何も変わっちゃいない。
そのはずなのに、何かが軋み続けて音をたてる。
妙に耳に残るその音が、ずっと自分を呼んでいるような気がしていた。
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ニレリア 「力を使ってもらうと、なんだか凄くいい音が聞こえるんだよね。 毎回思うけどなんだろうねこれ」 |
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ニレリア 「なぁ、これハイネの音楽的才能に由来するんじゃないか。 将来は音楽家もいけるかもしれないよ。コーヒーを淹れてギターでも引いてさ、最高じゃん!」 |
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ハイネ 「……はは、音楽家はともかく、コーヒーのほうは考えておくよ」 |
どうも自分は考えが後ろ向きになりがちだ。
きっとこいつのように、何にでも挑戦していくほうがいいのだろう。
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ニレリア 「ところでさ、こうして怪我も治ったわけだよ。ねぇねぇねぇねぇ、遊びに行こ~~~よ~~~!」 |
だからではないが、目の前で飛び跳ねる相手がどんなに腹立たしいポーズでねだってこようと、
襟首を掴んで揺さぶってこようと、それに反対する気は少しもなかった。
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ハイネ 「はぁ……。……しかたない、どこまで行くんだ」 |
これは明日まで帰ってこられないな、と目を閉じて観念する。
力を使ってこっちは疲れるが、向こうは元気いっぱいだ。
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ニレリア 「よし来た!試練の洞窟の5階まで行こう」 |
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ハイネ 「あれはまだ大人が居ないと入っちゃいけないんじゃなかったか、 というか、20歳までに踏破すればいいんだよな」 |
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ニレリア 「20歳なんて待ってられないね!さっきも行ってきたんだから大丈夫さ」 |
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ハイネ 「血まみれで帰ってきたくせに、よくもまぁそんな自信がでるものだ」 |
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ニレリア 「だからハイネのところに来たんだろ。ハイネがいれば道に迷うことはないし、謎解きはすぐにクリアしちゃうし、食べられる植物だってわかるし、調理法もわかるし、怪我したって死なないもんね、それに」 |
あいつにしては珍しく、一瞬の間を置いて、大きく息を吸って口にした。
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ニレリア 「僕は早く王になりたいんだよ!試練なんかで止まってられない!」 |
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ニレリア 「戦いは任せろ、体は任せた! ばーっと駆け抜けて僕を王にしてくれ!この国を再生させるためにさ!」 |
その姿を見ても、ため息しかでてこない自分はやはりどうにも後ろ向きだ。
ずっと何かに依存していて、それ無しでは生きられない。
だけど、だからこそ支えられるものだってある。
いずれはこうして遊べなくなるとわかっていても、その時がくるまではずっとついて行こうと決めた。