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卯未 「……あれ?」 |
作楽 卯未
(サクラ-ウミ)
児童養護施設「まほら園」の子供。
年少であり、幼い。
作楽卯未は、辺りをきょろきょろと見回す。
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卯未 「ここ、どこだろ……」 |
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卯未 「みんな……? カズ? はくあ?」 |
夢と現の狭間にひとりきり。他の“かぞく”は見当たらない。
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卯未 「あれ……みんな、どこ……?」 |
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卯未 「──あ。……そっか、そっか! かくれんぼやってたんだっけ……! そうだよね!」 |
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卯未 「おーい! みんな、どこにいるのー!」 |
作楽卯未──そのこどもは、荒廃した土地を彷徨う。見知った姿を探して。
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卯未 「おうい、うみ、みつけきれなかったよ、だから、……」 |
それはあまりにちいさな躰。
ひとりでは生きられない躰。
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卯未 「おうい……。 ……」 |
次第に、疲労が積もっていく。
身体が重くなり、足は引き摺るように。
時折転んで、その度になんでもなかったように立ち上がって。
弾みで切ったのか、口の中は嫌な味がした。
立ち止まったほうが楽であったかもしれない。
けれど、さびしくて、こわかったから。懸命に。
冷えていく。
末端から、少しずつ、命が切り取られていく。
いやな感覚は、初めてじゃない。
初めてじゃないから。
ひとりなのが、なんだかこわくて。
いつもは、ひとりじゃなくて。
誰かが、手を握っていてくれたのに。
……足取りが鈍くなっていく。
擦れた足の痛みが、じわりと染み出してくる。
泣いたことなんてなかった。
転んでも、笑っていられた。
いいこだって褒められた。
うみはいいこだった。
だから、泣いちゃだめだった。
──ふと。あたたかく香しい風が、こどもの頬をなでる。
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「……ああ。ここにいたんだね」 |
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卯未 「…………えっ? あ、」 |
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卯未 「──よしの!」 |
俯きかけていたこどもは、見知った容貌にその顔を綻ばせた。
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「……ウミ。よかった。見つけることができて」 |
それはこどもに、穏やかに微笑みかける。
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「ああしかし、随分と弱ってしまっているね。可哀想に。 間に合って本当に良かった」 |
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卯未 「……うん、ううん! うみ、まだまだ元気だよ! えへへ……」 |
こんな怪我くらい、なれっこだったから。
こどもは無邪気に笑う。
こどもは疲労を忘れたように。
喜色満面でそれに駆け寄る。
いつもそうしていたように、ぎゅっと抱き着いた。
けれど。
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卯未 「……あれ? よしの、おけしょうしてる? それとも、それとも……つかれちゃった?」 |
それの手が、顔が。いつもよりも白く見えたから。
不思議そうに首を傾げた。
まるで、知らない人みたいで。
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「ううん? ぼくも元気だよ。 ──いつもより、ずっと元気だ」 |
こどもを抱き返したなら。
それは優しげに、にこりと笑んで。
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「きみは本当に不器用だね。 迷ってしまったのはウミだけだよ」 |
こどもの頬をなでる。
労うように、慈しむように。
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卯未 「……。えへへ、うみ、知ってるよ。 そういうの、そそっかしい、っていうんでしょ?」 |
温かな掌。
ひとりじゃないのだと、証明するような体温。
無垢なこどもは、違和感より、穏やかな心持ちを優先させる。
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「そうだね。きみはそそっかしいのかもしれないね。 それでいて素直で、本当に愛らしい」 |
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「……さあ、ウミ。皆が待ってる」 |
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「おいで。一緒に行こう」 |
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卯未 「──……」 |
やっぱり少しだけ、胸のところがつかえた。
なんでだろう。
なにか、忘れているような。
その声を、その形を、……知っている。知らない人なんかじゃない。
家族の声で。家族の温かさだ。
父がいて、兄弟がいて。それで、いつもこんな風に。手を握ってくれた。
どんなに怒られても。どんなに痛くても。傍にいてくれた。
そしてさいごまで、こうして。手を引いてくれた。
だから、そう。
迷うことなんてない。
そのはずだから。
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卯未 「……うん! いっしょに行く!」 |
荒廃した土地の最中。
さびしいこどもの目には。
霞掛かる穏やかな丘と、桜の木が見えていた。
──懐かしい。自分のかえるべき場所。
ああ、どうして忘れていたのだろう。
もう、こわくなどない。
“作楽卯未”は、羊水のようなあたたかさに包まれる。
手を、引かれていく。