
――帯津九桜の日記 12月上旬、某日
情報収集。
そう、情報収集だ。
先日の辞令後、相良伊橋高校に顔を出してみたが別段接触してくるヤツはいなかった。
"ご挨拶"がある場合も多いんだが。監視の有無も不明。幾つかの部屋を見たが工作の跡は見受けられない。
当分は平和に過ごせるのかね。その間に手がかりを掴みたいもんだが。
ただし、山積みの業務はノーサンキュー。
――ハザマ 1時間目
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クオウ 「何だよこりゃッ!」 |
中年男が肩を震わせる。怒りか、恐怖か。
1月ほど前に与えられた辞令、それに関する困惑と疑念。
男なりに情報を集めようとしたが大した成果は上がらない。
ある意味当然であった。
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クオウ 「こんなの想像できるわきゃねー!」 |
それから暫く男の愚痴は続く。周囲でも怨嗟か何かの声。
あまりにも多くの感情が絡まったそれは"蠢き"としか形容しようがなかった。
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クオウ 「……はぁ、はぁ。整理だ。整理」 |
男は直接戦場に立ったことはない。
しかし、危機に直面した時は優先順位を明確にせねばならない。
その程度のことは知っていた。
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クオウ 「第一は自分の生存。次に、"こっち側"の生存、だ。」 |
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クオウ 「その為に、この世界を把握しなきゃならねぇ」 |
己が両手を見る。普段と変わらない。両足。やはり普段と同様に艶のある繊維が見える。
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クオウ 「ここはサービスで変えてくれてもよかったんだがな」 |
服装も変わらず。ただ、覚えのないリュックを背負っている。
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クオウ 「これが武器と防具ってか?」 |
中には短い棒のようなものと腕につけるプロテクター。
よく分からないが食べ物っぽい何か。芋類に見える。
そして、全く分からない物質が2つ。
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クオウ 「まるでゲームみてぇだ。……いや、まさか」 |
男は既婚者だ。結婚してからは殆どの趣味をやめたが、それまではゲームも嗜んでいた。
オンラインゲームの最盛期を体験している世代だ。
"強制的に"、"全員が"、"同じスタート"。
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クオウ 「全員かどうかは最後までわからねぇな。しかし何だってこんなことを。侵略するなら抵抗しそうな住民を消すべきだよな……」 |
そこまで思考を進めたとき、悲鳴が聞こえた。
男はまだ固まっていない戦う覚悟を握りしめ、とっくに馴染んでいた殺す空気を大きく吸い込む。
迷うヤツから死ぬ。これも戦場の鉄則だろうから。
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クオウ 「これで終わりか?」 |
先程の自分が恥ずかしくなるくらいに呆気なく戦いは終わる。
非戦闘要員であり、一般人に毛の生えた程度の男。
異能ヒエラルキーでは間違いなく下の方であろう。
それがこうも容易く勝てるというのは違和感でしかない。
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クオウ 「ゲームならば最初に勝てる相手を用意するのは当然だ。けどなぁ」 |
風が生ぬるい。真冬だというのに。
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クオウ 「ゲームのような方式をとる必要があった?つまり、一方的に殺し征服する力はない」 |
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クオウ 「敗北側に受け入れさせる、そのための演出」 |
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クオウ 「んー、推理としては面白いが根拠がな。」 |
口をヘの字に曲げる。が、間もなく頬の筋肉が捻じれるような痛み。
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クオウ 「いて、いてて。年はツラいねぇ。とりあえずソラコー関係者見ていくかねぇ」 |
老骨と言うほどではないが、それなりに年季の入った身体だ。中骨とでも呼ぶのかね、と自嘲気味に呟いて空を見上げた時、男の眼に映る文字。
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煉獄からの吐息が頬を撫でた、気がした。