
===荊街備忘録===
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いつだって世の中は変化している。この世界のどこの土地、どこの街でも。
そこに住まう人間の種類は昔から同じでも、生きている一人一人の顔ぶれも名前も、文化も、そこに流れている言葉も。
いつだって以前と変わらないものはなにひとつなくて、そのはずなのに、でもやっていることは、結局変わらない。
巷に『異能』ってことばが囁かれだしたのは、そんなに昔のことでもなかったと思う。
おれが物心つくころには、人間の能力開発だ、一人一人の多様な個性を啓発して伸ばす教育だ、
そんな感じの言い回しで、それまで軽視されて来た人間の様々な不安定な要素や能力の個体差なんかを正当化する動きはあった。
それは最初は、些細な身体能力の差、感覚の鋭敏さ、知能の発達段階の速さ、ちょっとした発育の差異の程度を埋める考え方でしかないはずだった。
否定せず、個性として伸ばす、伸ばした能力を受け入れ、活かす道こそ与えるのが教育、そんな文句で、従来の枠にはめる教育からの脱却なんてうそぶいていたらしいのだが。
ん10年続けるうちに、シャレにならなくなって来た。というより、本当の意味で収拾がつかなくなって来た。
昔は天才だ天からの贈り物なんて言葉で済ませていた、ある特定の能力に異様なまでに秀でたもの。
あるいはその逆で、先天的に能力にハンデを抱えたものが、そのハンデ以外の能力を極限まで磨き抜いた結果体得した常人離れした能力。
そういった範囲でしか認識されて来なかった、従来とは異なる範疇の能力とされていたもののレンジが、爆発的に広がってしまった。
そしていよいよ、今まで存在は確認されていたものの真偽不明、もしくは科学的に解明できないまま謎とされていた数々の事象、超能力だの、魔法だのと形容されてフィクションのものとされてきた世界のものと遜色ない類の能力まで、その存在が認められ始めてしまった。
そのあたりからもう、俺たちの生まれるはるか以前、親父の親父の代くらいの世代の新人類構想みたいなのの焼き直しめいたものと合流したんだか、多様性万歳な論調で肯定しまくった結果、なんとも説明のつかない混沌とした状況が生まれてしまった。
そういった明らかに特殊な能力=『異能』という言葉で纏めることで、なんとか秩序を保とうとしているというのが今の俺たちの住む世界なのだった。
イバラシティ、そう呼ばれているこの街におれが来ることになった経緯も、この『異能』がらみだった。
他でもないおれにとっても、この異能というものは無関係ではないらしかった。と、いうより、早い話がおれにも異能があったのだ。
だが、その異能が具体的にどのようなもので、どのように使うものなのかも未だ未知数の部分が多すぎるということで、なかば押し付けられる形でこの街の施設を紹介されたというのが正直なところだ。
このイバラシティというのは、かつては地方のなんの変哲もない一自治体だったのだが、ここ十数年の時代の流れの変遷の中で画期的な政策をとった実験都市として変貌を遂げた土地なのだった。
つまり、『異能』を持つものたちを積極的に受け入れ、この自治体内では存分にその能力を活かした生活を保障したのだ。
ひいては持つもの持たざるもので人々が分断される危険すらあったデリケートな問題に対し、かなり大胆に肯定的な方向性で舵を切った最初の自治体だったということだ。
当初懸念されていた様々な諸問題も、初期の数年のうちに非常に周到に妥結点を見出す、あるいは不可侵な領域、この自治体のみであるという独自性など様々な制限と規制を設けた末にひとつひとつ解決して行った結果、それに賛同する他自治体や企業体といった多方面からの協賛や協力を得て、十数年後にはひとつの実験モデル都市としての地位を確立させていたのだった。
おかげさまでおれもまた、異能持ちという判断を下されてほどなくして、この都市の施設を紹介された。
これまで入院という形でさまざま医者にお世話になっても説明できなかった俺のよくわからない身体症状も、めでたく体質として認められ、今度はここでいろいろ調べてもらってねという形で紹介状を書かれただけなのだがーーー
「ていのいいタライ回しだよな、これ」
この街にやって来て即巻き込まれた今回の『ハザマ騒動』において、おれはそうとしか思えずため息を吐いていた。