
二日目(Telenet)
「長針一周・・・っと、丁度一時間っすね」
白南海とか南高梅とかいう名前だったか。ヒトを呼びつけておいて、すぐに姿を消してしまった怪しげなヤローからチャットが送られてきた。駅を降りるなり、襲いかかってきたナレハテとかいうカタマリは、オレの足下に熟した柿のように平たくつぶれていて、アスファルトのシミになっている。ドバトとしか言いようがない、ごくありふれたハトどもが、なにごともなかったようにシミの傍らを歩いている。
ケンカは無事済みましたかね、などと他人事のように、画面の向こうにいる南高梅が舌をペラペラと動かしているが、ホントーに他人事のつもりでいるんだろう。結局のところオレたちは問答無用にここに放り出されると、あとは頑張ってくださいねとばかり放置されたというワケだ。オレたちといっても、二、三人程度ではない。ざっとそこらを見渡しても、数百人のアホ面が並んでいる。そして、もちろんオレもアホ面をさらしている一人というワケだ。
「さてどーしたモンかね」
考えごとをするときに、アゴをなぜるのはクセともつかないオレのクセだった。誰にともなく呟くと、ハトどもがポッポーと鳴いている駅前のロータリー周辺にもう一度視線を巡らせる。やはりまずは仲間を探したほうがいい、そうオレは考える。友情とか信頼とか、基本的にオレはそんなモノに縁のある人間ではないが、一蓮托生という便利な言葉もあるし、こんな見も知らぬ場所に一人で取り残されるくらいなら
「1たす1は2じゃねえぞ、1+1で200だ、10倍だぞ10倍」という有名なコトバを忘れないほうがいいだろう。
デーデーボッポポーという、耳障りなハトどもの声を聞き流すと、オレはたまたま近くにいた、気のよさそーな連中に声をかける。最初に声をかけた、大学生かもう少し上くらいに見える、若い男女のひと組は、楽タローとフミという名前で、もう一人、少し離れたところにいたソーヤという男は、肩のあたりに羊のような綿菓子のようなモノをふわふわと浮かせている。
「めえ?」
メリさんという名前らしい。異能、というやつだ。
近年、いきすぎた人間の個性というヤツが、異能と呼ばれるしかない力として社会に認識されるようになって久しい。オレが事務所を開いているマッドシティはまだそーでもないが、このイバラシティは異能を社会に受け入れることをいち早く表明した地域でもある。
ソーヤのように、魔法使いと称するしかないような力を持つ者や、一見して大学生のようにしか見えない恰好で、手から光のような力を出してナレハテをぶちのめすフミを見ても、驚きはしても信じられないという話ではなかった。そもそもナレハテとかいうのが尋常なイキモノではないし、ガキの自分にオレ自身も「異能」とやらを備えていると判定されていた。それがどんな力なのか、今のところオレ自身もなんとなくしか使いこなせてはいない。この深夜に灯る街灯の下で夜を忘れているハトのように、深く考えるよりも前に世界を受け入れるしかない。
「それでは、よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくねー」
「しかし、ここよくわかんねえとこだよなあ」
などと挨拶を交わしている。基本的に人が好い連中のようで、話が早いのもありがたかった。
ハトはどこにでもいて、人間の存在など目もくれず鳴いているか羽を干している。今のところ、まわりにいる何十人もの連中も、オレたちと同じようにナレハテの残骸を踏むと、イバラシティの奥へ進む算段をしているようだ。道は一つではないから、いくつかの集団に分かれることになるが、オレたちは四人でまとまるとそのうちの一つ、南に向かおうとしている集団についていくことにした。
ハザマといったか、今、イバラシティの界隈は常の街並みではなく、壁のような断崖で道が遮られて、向かう道には沼地や茂みが立ちはだかる、どこぞの怪奇小説でいうドリームランドのような光景が広がっている。幸い、携帯端末のアプリケーションを開いてみると、周囲の地図を映すことはできるらしく、通信ができることも確認しているから、はぐれる心配はなさそうだ。
考えること、やるべきことはいくらでもある。オレたちがどーしてこんなところにいるのかとか、オレたちを呼んだ連中の目的がどうとかいうのは、いま考えなくてもいいことだ。まずはどこに向かおうか、オレたちは何ができるのか、一つずつ、目の前のコトから片付けていくのがいい。ソーヤ曰く、異能を使えば武器や防具も自由に作ることができるそうで、楽タローやフミたちはテレビゲームでも遊んでいるかのように、何を手にしようかと話をはずませている。飛んで行ったハトの一羽が、オレたちが向かう道の先にある断崖を越えていく様子が目に入る。
「あの山だか崖だかを越えるルートになるのかねえ」
だが、オレたちはもう少しマジメに考えるべきだったのだ。武器や防具を作るのは、そいつが必要な状況が目の前にあるからで、オレたちが問答無用でココに放り出されたのは、好むと好まざるとにかかわらず、状況とやらが襲いかかってくるからだということを。
二本の足を生やして歩き回っている雑草。そして、オレたちが相手をすべき、アンジニティからの来訪者たちーーー。