
==荊街備忘録==
夜更けに差し掛かった街の広場は閑散としていて、人通りもまばらだった。
おれはここの施設で異能研究員として一応雇われている設楽という。
本名は設楽楽太郎。自分で言うのもなんだけどこの苗字なのにこの名を選んだ親のセンスに疑問が残る。
このおかげでさんざん悪友たちにいじられた過去もあるが、まあ同時に会話の掴みのネタにもなったので良しとしている。
さて、本題。俺がここにやってきたのには事情がある。
というのはこのシティ特有の、さる異能持ちの医学生の女の子の伝手を頼ってやってきたのだ。
待ち合わせもざっくりで決めてはいたけど、まさか時間がこんなに遅くなるとは思ってもなかったが。
ところで異能、とさらっと言ってはいるが、これにはよくわからん複雑ななにか、があるらしい。
当のおれですら例外ではない。
なんでも持病だと思っていた自身の生来の妙な幻覚や錯視といったものが、どうやら病気でも症状でもない『異能』のそれなんじゃないかということで、各地を転々としたあげくこの施設を紹介されたと言う経緯があるのだ。
そしてそういった『異能持ち』と目されてる連中に共通しているのは、この街に来るときに、妙な男に会ってきている、ということ。
「…侵略、ねえ、ずいぶんと古めかしい単語なんだよなあ」
ここに来る時に現れた、シロナミという妙な男から受けた説明を思い出し、俺はちょっと戸惑う。
住民が、ここでないどこかの何者かと入れ替わってしまう、という話もにわかには想像できない。
「アンジニティって勢力、ったって、それって結局なんなんだか」
住民を二分した勢力、要するに地元従来の住民と新しい住民といった単純な話だろうか?
と思ったらちょっと違うらしい。どうやらその連中も、出る場に応じて一時的に記憶すら変わるそうで。
シティ内では本人たちにもどっちがどっちかわからないのかもしれない。
それって、ここまで説明されて正直すごく不気味というか。なんか怖いんだけど。
本人たちも、街にやってきて誰かと入れ替わって、それで記憶もそのままで。
じゃあ、入れ替わられた側は、いったいどうなっちまうんだ?
入れ替わられた側がもといた世界に行くのか、それとも、別のとこに飛ばされるのか。
そもそも、目的が入れ替わりであるとして、その結果そいつらが得られるものってなんなんだ?
「とにかくまあ、街の中でその勢力の連中を探すわけだよ」
物思いにふけってブツブツ言っている所を、いきなり背後から突然声を掛けられて、俺は面食らって振り返った。
「なんだよあんた、聞いてたのかよっ」
「よう兄ちゃん、あんたもシロナミに呼ばれたクチなんだろ?そんな警戒しなさんな」
そこに居たのは、色のさめたジャケットに気取った帽子をひっかけた壮年の痩せ型の男だ。
一見すると普通の人間だったが、なぜかその足元に、夜更けだというのに数羽のハトが歩いているのが妙だった。
「どう考えても警戒するっての、状況考えてくれよ」
「状況、ねえ、まあこれ以上怪しい状況ってのもねえよなあ」
背後には、この街のシンボル的な存在である大時計の姿がぼんやりと浮かんでいる。
そして、その針はちょうど、午前零時を指す所だった。
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