■ラジオノイズ。
「──居った! 居ったぞ、保名だ!!」
なぜ。
「葛乃葉よ、“伽藍”へ。せめて、そなただけは」
なぜ。
「母上。私を産んでいただき、有難うございます」
なぜ。
「最早これまで! 狐に連なるモノ共は総て討ち取った!
方々から犬、鴉、狸、鬼、蜘蛛、蛇を討ったと報せが入っておる!
我等ヒトの、ヒトの泰平よ!」
「わしは良い。宇迦さまも玉藻も、いづなも金銀も、他の仙狐、野狐たちもよい。
定めであったと受け容れる。いつかは来るはずであったものが、今来ただけのこと」
「じゃが……っ、保名さまと晴明は!!
ヒトであろうに……そなたらの側で、生きてよいものであっただろうに!!」
「なぜ……なぜ。
わしが生き残り、あの二人が死なねばならぬ?」
なぜ、わしは生きておるのじゃ。
──嗚呼。
ヒトよ。わしは憎い。
三千世界の総てを、殺生の毒に沈めても足りぬほどに、憎い。
憎かったのじゃ。狂おしいほどに、自分自身が!!
朱椿 雪の雫を 紅として
君待つ埋火 信太の庵よ
『Stay tuned for the FOXNET RADIO coming up next!!』
『──ここで、当ラジオにスペシャルゲストがお越しくださっておるぞ! 早速ご紹介しような。
先程おたよりを下さったラジオネーム【おろち】殿じゃ! でっかいのう~、今はとぐろを巻いてもらっておるが、頭から尾まで何メートルあるんじゃこれ』
『……狐よ。貴様の遊びに付き合うつもりはない』
『むう~。つれない返しじゃのう? ちょっとはこう、撮れ高とか気にしたらどうじゃ?
というか収録スタジオの壁を半分吹き飛ばしおるんじゃよこいつう。まあ別に構わんが』
『……』
『あーもう。あい、ではゆこうかの! “安倍葛子の! あんじにとーーーーく!”』
『このコーナーはじゃな。
ぶっちゃけなんで争ってるのか、いまだによく分からないわしらの相互理解をちょろっとでも深めようと……というか脅迫状じみた【おろち】殿のおたよりにわしが応じる形で実現した、イバラシティとアンジニティの対話コーナーじゃ!』
『ふん、白々しい……』
『【おろち】殿は今回の騒乱について、どの程度事情をご存知なんじゃろか?』
『何も。そなたらと変わらんだろう』
『あの先導の者から伝えられた事以外は何も、というわけじゃな? ううん……【おろち】殿、おかしいと思わんかったのか? 怪しんだりは?』
『思った。だがヒトへの復讐を果たす、やっとの機会だ。何に利用されていようが知ったことではない。そのように考えるアンジニティの者は多かろう』
『なるほど。“誰が、何のために”というところには頓着せず、戦いそのものやイバラシティを求める者らが多いのじゃな。
では次じゃ。そなたらはイバラシティがどのような場所か、実際に暮らすことで知っておるわけじゃが……では、アンジニティとはどのような場所じゃ?』
『世界から否定されたものが流れ着く世界だ。環境はところによって異なるが……ヒトが、安穏と生きていける場所では無いことだけは確かだな』
『アンジニティの者らにも、ヒトはおるしなあ。んで、そなたらが勝ち、わしらが負ければお互いの世界の住民は丸ごと入れ替わる、と。
平和な暮らしが一転、明日の命も危うい地獄へ早変わりか。それはいかんな、イバラシティの子らを護ってやらねば』
『狐よ。こちらからも問いを掛ける』
『ん、なんじゃ? 可能な限りは答えるつもりじゃが──』
『“伽藍”とは何だ』
■ラジオノイズ。
『逃げるな。“伽藍”とは何だ。』
『……』
『そなたの言葉を聞いた。我はもはや止まれぬ。この憎しみが燃え尽きるまで、止まることは出来ぬ。
それでも、声は届いた。最期の最期に穏やかでいようと思った。
葛乃葉狐よ、感謝している。故にこそ訊かせよ。“伽藍”とは何だ』
『──……伽藍とはな。ヒトでないものを無に帰す場所じゃ。どんなに格の高いカミであろうがなんであろうが、伽藍に籠れば消える。ヒトの記憶にも残らぬ。完全なる消滅じゃ』
『わしはな、【おろち】殿よ』
『この戦が終わったら、伽藍に帰りたいのじゃ』