何日かに1回ハザマという世界にやってくる、ということに関してだが、1時間で戻されるときは心構えがあるし、イバラシティにいる間は当然こちらのことは覚えていないため、なんということもないのだが、ハザマに招聘されるときはいつも唐突である。
目を開けると森の中で、そういえば前回はチェックポイントを通過したのち森のなかを歩いているときに戻されたんだったと思い出す。
腕を組みながら森を進み、さて何をしようとしていたのだったか、と思い出そうとする。
生い茂る草木を踏みしめると、はたと足を止め、振り返る。ちらりと視線を感じたからだ。しかし視線の先には何もなかった。
僕は特に優れた知覚を持ち合わせているわけではない。このような特殊な状況に置かれて、感覚が鋭敏になっているのだろう、
用心するに越したことはないが・・・気のせいか、とまた前に向き直ると、背後から急に声をかけられ飛び退いた。
声の主は、同級生の風凪マナカ。こちらが驚いたのを見ると満足そうな顔でこちらを眺めていた。
「お前どこから……」
「さっき見かけて声かけようとしたんだけど、もし黒羽さんと合流するんだったら悪いな?と思って……異能使って隠れて追っかけてきちゃった」
……今黒羽さんと言ったか?
「心臓に悪いから普通に話しかけてくれ。てか風凪なんで黒羽さんのこと知ってんの」
「この間散歩してたら偶然知り合ったんだー。こっちじゃなくて、イバラシティの方ね」
僕は彼女のことをたしかに話したが特定できるような情報を与えたつもりはなかったのだが、何がどうなってそうなったのだろう。色々と問い詰めたい。
「世間って狭いよねぇ。で、一緒じゃないの?こっちに来てないだけなら安心だけど」
「……こっちにいるのはわかってる。けど、まだ会えてない」
こちらに飛ばされてから真っ先にCross+Roseの機能で無事は確認している。ほかのだれかと徒党を組んでいるようなので、とりあえずは安心だと思いたいが……。
本当は今すぐにでも探してそばにいたい。
と、ふと思い出した。風凪は確か若宮線引先輩と一緒に行動しているのでは。
二人は何かと一緒にいるし、以前位置を見たときには同じような場所に反応が見て取れたのだが、その若宮先輩の姿は見えない。何かあったのだろうか……。
先輩はどうしたのか、と聞くと、僕を追跡するのに邪魔だから置いてきた、と事もなげに言う風凪に呆然としてしまった。
危機意識が足りなすぎやしないだろうか…。どこに危険が潜んでいるかもわからないだろうに、と苦言を呈する。
「あー、確かに。目を離した隙に悪い人に騙されたりしてるかも……」
違うそうじゃない。そうじゃないけど、それもある意味心配だが……
若宮先輩は我々の1つ上の先輩である。
中学時代の年齢差というのは思った以上に大きいものだ。それに加えて荒れている先輩ともなればそれはもう近くを通り過ぎるだけで恐怖でしかない。
そのうえ風貌も怖ければ下級生は蛇に睨まれた蛙が如くである。
僕の中学時代の先輩の印象はそういったものであったが、この風凪はその先輩と話をして……いや今思えばあれはからかっていたのかもしれないが、とにかくずいぶんと楽しそうにしているように見えた。
いつの頃からか先輩の非行は鳴りを潜めたようだったが、その前も後も近くには彼女がいたので、まぁそういうことなのだろうなと大抵の人は思っていたようだった。
本人たちは否定するが一体どこまでの否定なのかは謎である。
と、そのような関係である二人だが、風凪はこうも簡単に先輩のことを置き去りにしたりするわけで。
それはある意味で信頼のなせる業なのかもしれない、と思いながらため息を吐く。
「何?」
「いや……こんな状況でも風凪は普段通りだなと思って。前も言った気がするけど、いつか本当に呆れて愛想つかされるぞ」
そう言いながらも、風凪を突き放す若宮先輩のことは想像できなかった。
「そうなったらその時だって」
この堪忍袋の耐久テストは何のためなんだろう。
思えばこの同級生の本心はちゃんと見たことがないような気がする。いつも、だれにも、どこか冷静で、決定的な安全圏に距離を保っているような、そんな印象。
その彼女が若宮先輩に対してだけは踏み込んだ行動を取っているように見えるのは何故だろう。
それが特別な感情に基づくものなのかは分からない。信頼ゆえかもしれない。先輩ならここまでは大丈夫だというラインを持っているのだろうか。
「あのさあ、なんで二人で一緒にいるの?」
「こっちに来た時に最初に会った知り合いがセンパイで、逃げる時に囮にしても心が痛まないから?」
「あっそう……」
はぐらかされたのか、本心なのか、何一つ分からず、そうとしか声が出なかった。
ふと、最近できたばかりの恋人のことが頭をよぎった。あの子が自分から離れていくようなことがあったら、どうだろうか。もしくはその逆があったら。
考えただけでじくりと胸が締め付けられるような感覚に襲われかぶりを振ってその想像を払拭する。
……風凪の考えのこれらが本心だというのなら、風凪は、先輩が突き放すことを望んでいるんだろうか。
後ろ手に手を組んで佇む風凪を見、もしそうなら、彼らの在り方はひどく歪なもののように感じた。