[追記 3]
体の形状は定まっておらず、他の液体や同族を吸収することにより質量を増す。
水のみを好む個体ならば水分を奪い尽くせば消滅、ないし限りなく無力化できると推測される。
ハザマにて水以外の吸収を確認。毒により融解させた対象を改めて汚染し同化、吸収を行う模様。
アイツらにヨロシク、そう渡されたものに首を傾げるように頭を揺らした。
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ポイズンスライム 「んぇ と……これ は『食べ物』 『クレープ』? …… ちがう かな」 |
白く冷たく、柔らかく包まれたものにとろりとした色をかけて食べた記憶を思い出す。
あれは少し握るだけで簡単に潰れて混ざりそうなほど柔らかかった。
こちらは固く、毒液に濡れた手が表面を滑り持ちづらい。
なんとなく投げたり落としてはいけないと感じるそれを地面へ下ろすと、ぺたりと座って覗きこむ。
見下ろす頭からぽたぽたと滴る体が内側をゆっくりと伝い染めていく。
じわり、じわりと浸食されて色を変えていくそれをじっと見つめ、瞳を細めるように形を揺らめかせた。
食べる、とは何だろう。
口にいれる。噛む。飲み込む。それからーー楽しく、違う。嬉しく、少し違う。
……しあわせ?
しあわせ、そうだ、幸せな気持ちになる。
頭に手を寄せ、口の位置に作った窪みに指を添える。
食べ物を口にするように指を差し込むと、形を保っていた指先がずぷりと顔へ沈んだ。
瞳の光が瞬き、ゆらゆらと口元を見下ろすように移動する。
指を引き抜くように手を離すと口に沈んだ指先は柔くちぎれ、まだ糸を引くそこから欠けた指を作ると咀嚼するかのように蠢いた表面が元のままの顔を型取り直す。
噛んで、飲み込む。
人が当たり前に行うその行為は真似ようとするとひどく難しい。
口に物を入れるためには顔から続く穴を作らなければならないが、それは体を一塊に出来ず空洞の維持を続け、さらにはその空間に入れたものを抱えていなければならない。
食べ物の内側、柔らかいところに触れる。
簡単に崩れて指が埋まり、そのまま毒を流せば簡単に緑と青に染まっていく。
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ポイズンスライム 「んぅ ぁ たべる …… たべ る ……」 |
ぐちゃり、差し込んだ指を回して色の混ざったそれを掬いとる。
『食べ物』は、水でも仲間でも友達でもない。
水は溶け合っていっしょになれるし、仲間とは混ざり合ってひとつになることもまたふたつになることもできる。
友達はあんなに心地よさをくれるのだ、きっと水のように染まって、仲間のように何の境もなく溶け合えるに違いない。
食べ物を食べることは人にしか出来ないのだろうか。
掌に乗せたそれがとぷりと溢れる毒液に浸され、波打つ表面に撹拌された端から手に混ざる。
食べ物の溶け込んだ掌をじっと見つめ、流れる液体を追い、地面を辿ってそこに置かれた食べ物へと視線を移す。
毒を溶かして、同じものになってしまえばいっしょになることはできる。
だが、そこにあの幸せな気持ちは浮かばなかった。
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ポイズンスライム 「……たべる は できない?」 |
ぐじゅり、ぐちゃりと、水よりも固く、固めた指よりも柔らかいそれを再び掻き混ぜる。
流れ込む毒液であふれ、毒が溶けきったところから腕と同じになっていく食べ物をじっと見下ろす。
ぐちぐちと混ぜているうちに、ぴし、と軽い音をたてて器が割れた。
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ポイズンスライム 「んぁ あ こぼれた」 |
『食べ物』とは、地面に落ちてはいけないものではなかったか。
すっかり緑に蕩け、粘性の高まったそれを広げた手で包み込み、すくいあげた。
固いままの破片や混ざる石は手を擦り抜けて滑り落ち、手に残された食べ物だったものを口に寄せる。
掌を傾けると顔へとこぼれてくるそれを、触れた先から同化していく。
手ですくった水を飲み干すように、すべてを吸収すると腕を下ろしてゆらりと頭を揺らす。
噛んで飲みこむことはできずとも、きっとこうするのが食べることに近いのだろう。
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ポイズンスライム 「…… 『ごちそうさま』」 |
そうして『食べ物』とひとつになると、もう一つの固いものを拾い上げる。
じゃらじゃらと音を立てるそれは、人から貰ったものだった。
人に何かを貰うことは嬉しいことだ、『ありがとう』と返して大切に持っておく。
暗い色の表面を毒の緑が覆っていく様子をじっと見つめるが、まだ溶ける気配はない。
ぎゅっと握りしめれば掌に埋まる固さに頭をふらふらと揺らして手を開く。
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ポイズンスライム 「んぅ ……?」 |
固いものは、すぐに毒に染まるときと染まらないときがある。
先ほどの食べ物を包む固いものは少しの時間で溶け崩れたが、人の棲み処……建物のような固いものは体が入りにくく、溶かそうと思うこともそうない。
あれは好きなものではないし、混ざりたいものでもなかったので問題はない。
しかし、この固いもの。
これとは溶け合いたいが、どうやら染まりにくいもののようだ。
染まらないものは溶けず、溶けないものとはひとつになれず、大切にすることもできない。
重みで体に沈んでいたものをずるりと引き抜き、持ち上げたままじっと眺める。
またずり落ちて沈みそうになるそれを少し固くした手で受け止めるとちゃり、と軽い音が鳴る。
そういえば、受け取ったものはどこかに入れておくことが多かった。
固いままでは混ざることはできないが、服になら入れるところがあるはずだ。
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ポイズンスライム 「…… んぁ ここ 入る」 |
見つけた服の隙間に滑り落とすと、すっかり粘性の毒に浸されたそれは鈍い音をたてて収まった。
ここに入れておけば、きっと時間をかけて溶けるだろう。
瞳の形を歪めて頭を揺らすと立ち上がり、辺りの人を追うようにまた一歩を踏み出した。