「ウミネコさんと、こんなところで会うなんて」
「キャロルさんと、こんなところで会うなんて」
「ううん、イバラシティにウミネコさんがいるんだもの。
出会おうと思えばすぐに会えたんだわ」
「私のように、別の姿をしていなければ」
「でも、ああ、ウミネコさんたちが、イバラシティの側だったなんて」
「いつか、戦わなければ……ううん、戦いたくない。
ウミネコさんと戦わなくても侵略を成功させられるのなら、それに越したことはないわ」
「戦える。戦えるわ。あのひととも戦えたもの。
私の決意は本物だった」
「戦えたのよ、私」
「ああ、どうしよう。こんなことをウミネコさんに……ごんの友達に知られたら嫌われてしまうだろうけれど……」
「私、うれしいの」
「だって、戦えたのよ!
私の決意は本物だった!」
「私の中にもまだ本物があった。
私の決意は、決意させた怒りや、苦しさや、”うらやましいと思う気持ち”は、本物だった」
「ウミネコさん。ウミネコさん、聞いて。
私、あなたとはまだ戦っていないけれど、もうほかのひとと戦ってるのよ」
「神様によく似たひととも、戦えたの」
「ウミネコさんは探偵さんだから、調査をする中で、イバラシティの神話とか伝承とかを調べることがあるかもしれないわね」
「ごんがね、お友達から聞いたとある神社の神様に、そのひとはよく似ていたわ。
その神様のお話を聞いて、ほんとうにすてきだなって思っていたからびっくりして……」
「そのひとともね、別に戦いたかったわけじゃないのよ。
ほんとうよ」
「でもね、そのひとがイバラシティ側だと思ったら、戦えたの」
「そのひとは本物の神様ではないではないとおもうのだけど……だって、こんな、世界と世界の間に神様がいるはずがないわ」
「それとも……この世界を調べているウミネコさんならわかるかしら」
「この場所に……こんなハザマにも、神様はいるとおもう?」
「ハザマにも花は咲くのね」
「あれは確か、梅の花」
「きれいね。
こんな場所にもきれいな梅の花が咲く」
「梅楽園、と言っていたから、あの場所には梅しか咲かないのかもしれないけれど。
あの場所は、イバラシティでもずっと梅が咲いていたものね」
「地獄に咲くのだとしたら彼岸花なのかなと思っていたけれど、地獄ではないここには、梅が咲く」
「なにか意味があるのかしら」
「何の意味もないのかもしれないけれど」
「何の意味もないのなら、意味をもたせたっていいわよね。
誰も困るひとはいないのだし」
「意味……」
「花言葉って、詳しくないのよね」
「花はみんなすきだったから」
「花はきれいだから、すき。
花はかわいいから、すき。
花はすぐに枯れてしまうからすき。
花は水ばかり飲むからすき」
「私みたいに弱いからすき」
「木は、強いけれど」
「でも燃えるからすき」
「梅はどんな意味があるのかしら」
「きっと強い意味ね。
きっと美しい意味ね」
「雪の中でも咲くもの。
雪の中でも鮮やかだもの」
「不屈とか、目覚めとか、そんな感じの意味かしら。
兆し、みたいな意味もあるかもしれないわね」
「花というのは、だいたいそういう意味があるような気もするけれど」
「機会があったら、ごんが調べてくれないかしら。
あの子、花は好きだけれど、花言葉にはあまり興味はないから難しいわね、きっと」
「あのひとに聞いてみればよかったかしら。
自分をミハクサマだと名乗るあの小さな……人間、ではないわよね。
小さいし、羽根や触覚があるし……お蚕様の妖精みたい」
「また、会えるかしら」
「向こうはもう、私には会いたくないと思うけれど」
「会ったら戦わないといけないもの」
「御白様に似ていても」
「たとえほんとうに御白様だとしても」
「戦える。私は戦えるわ」
「戦えたわ。私は戦えたわ」
「だって」
「だって、力を振るうことってこんなに簡単だとは思わなかったの」
「こんなに簡単に力を振るえるなんて思わなかったもの」
「御白様のようなあのひとの前にも、別のひとと戦えた。
私はずっと戦えている」
「私は侵略できている」
「御白様にお供え物が渡せてよかったわね、ごん。
いとはさんも喜んでくれたし、がんばって選んだ甲斐があったじゃない」
「いとはさんには、お菓子もいただけたし、ほんとうによかった。
ごんの嬉しい気持ちは私にとっては、『記憶』でしかないけれど」
「そういう気持ちになったんだな、くらいのものでしかないけれど」
「それでも、私自身がうれしくなるくらい、ごんが喜んでいるのがわかるわ」
「いとはさんからいただいたクッキーとマドレーヌ。
もらったのが私だったらきっと食べられなかった」
「だって大事な友達からいただいた、というだけでうれしいのに」
「マドレーヌの意味……」
「よかったわね、ごん。
あなたと仲良くなりたいと思ってくださるひとがいて」
「私があなたに託した願いは、あなたが受け取ってくれた願いは、ちゃんと、こうして……叶って……」
「ええ、だいじょうぶ。わかっているわ。
言いきったりしない。生き切ったりしない。
侵略が終わるまで。私が消えるまで」
「私の願いを、あなたの願いを、夢でなくするため」
「夢でなんて終わらせない」
「梅の香り。
マドレーヌの香り。
クッキーの香り。
木と、苔と、水の香り」
「消毒や、薬や、お香のまじっていない空気」
「消毒のにおいも、薬のにおいも、お香のにおいだって、嫌いではないけれど」
「嫌いになる前に、当たり前になっていたから」
「でも、ひとつひとつのにおいがよくわかる方がすきだわ」
「薬やお香のにおいは強すぎて、自分のにおいだってわからなくなってしまうもの」
「自分ににおいがないみたいに……」
「じぶんのにおいなんて、一番に慣れているから、わからないのが当たり前だっていうのは、わかって……」
「ううん、違うわ」
「いとはさんとのお花見、楽しみねえ。
ごんはいつも1人で花を見てるものね」
「ごんに言わせれば、ひとりで見ているわけじゃあないのでしょうけど。
お花だったり、魚だったり、ひよこだったり……自動販売機にも話しかけてるものね」
「ごんの記憶が流れこんできたときは、ほんとうに花やひよこの言葉がわかっているのかと思ったけれど、そういうわけじゃないのね。
話している気持ちになっているだけで……あの子らしいと言えばそうかもしれないけど」
「神社で会っていたときも、そういえばそんなことを言っていたわよね。
キツネだから他の山の動物とは話せないって」
「この狭間の世界でも、残骸を掘り返せばイバラシティのものが出てくると、あのひとは言っていたっけ。」
「何がほしいわけじゃないけれど」
「戦うことと、思うこと以外のことをしている暇なんてないのだろうけど」
「私も、マドレーヌ食べてみたかったなあ……」
「いとはさんからいただいたマドレーヌが残骸の中から出てくることはないけれど」
「だって、ごんが食べてしまうものね」
「わかってるのよ。ごんが食べれば、その記憶を、私も味わうことができる。
ああ、こんな味だったわねと思い出すことができる」
「それでいいの。
いいのよ」
「それにね。
それに……」
「いとはさんは、ごんの友達だわ」
「私の友達じゃない。
いとはさんは、私なんて知らない」