「どうしてあのひと、ごんのことを知っているの」
「どうしてあのひと、ごんが神社でお参りしていたことを知っているの」
「まさか、ほんとうに御白様なの?
ほんとうに、神様なの?」
「神様なら、私を救って」
「無理だわ。もう私は、神様に手を上げてしまった。
神様に歯向かってしまった。
神様に火を向けてしまった。
神様に怒りをぶつけて――」
「怒りを、欲望を、苛立ちを、傲慢さをぶつけてしまった」
「神という存在の気難しさは私もよく知っている」
「お稲荷様は、気難しいというより、気まぐれだったけれど」
「ひとと言葉を交わすことができるし、ひとと同じ姿をすることができるけれど、でも」
「同じ生き物ではない」
「一度怒らせてしまったら、機嫌を直してもらえるかしら」
「でも、御白様は、いとはさんが話してくれた伝説がほんとうなら、元は人間のはず」
「それなら、事情を話して、きちんと謝れば機嫌を直してくださるかしら」
「侵略すると決めたのに、神様がここにいるかもしれないと思ったら、急に決意が揺らいできちゃうなんて」
「でも、できるのかしら。
私だけが侵略しないで済むかもしれないなんて」
「神様は不思議な力を持っているけど、万能じゃないものね」
「万能の神様もいるのかもしれないけれど、ほんとうにいるのだとしたら、もう私の願いを聞き届けてくださっているはずだもの」
「声をあげなくても、願いを届けようと思わなくても、願った瞬間に、私の願いはかなっているはずだもの」
「万能って、全知全能って、そういうことでしょ」
「だけど、私はここにいる」
「こんなところにいる」
「だから、万能の神様はいないんだわ」
「いるかもしれないけど、いるのだとしたら、万能の神様は、全知全能の神様は、きっと、みんなの願いを同時に叶えてしまっているのね」
「みんなの願いがぶつかりあって……干渉しあって?」
「だから、何も変わらない。
万能の神様は、何もしてくれない」
「何もしてくれないのなら、いないのも同じだわ」
「だから、神様は万能じゃなくていい」
「御白様が万能ではないけれど、でも、神様としてすごい力を持っているのなら……」
「私のことを、助けてくれるかしら」
「御白様は、どのくらいの力があるのかしら」
「戦ったときは、そこまでものすごい力があるようには感じなかったけれど……
結局降参させることはできなくて、私もあれ以上戦えなくなってしまったし……」
「いま思えば、あれは、手加減してもらっていたってことなのかしら」
「でも、ほんとうに、今の力があの御白様の全力なのだとしたら……」
「御白様がここにいるのにも、何か理由があるって言ったわよね」
「例えば、神様としての力を取り戻すためだとしたら……」
「それを手伝うことができたら、力が戻ったそのときには、私を助けてもらえるんじゃないかしら……?」
「そのためには、私の力を知ってもらわないと」
「私があなたを手伝えるだけの力があるのだと知ってもらわないと」
「ごんとは違うんだってことを、知ってもらわないと」
「気持ちを、見せないと」
「少し、疲れたわね。
しんでしまったらもう疲れることなんてないと思っていたのだけれど」
「もしかしたら、私は死んでないのかしら。
ううん、そんなはずないわ」
「生きていたら、あれだけ戦って、力を振るって、”少し疲れた”だけで済むはずがないもの」
「やっぱり、私はあのとき死んで……」
「ううん。私のことなんて、どうでもいいわ」
「この時間が終われば、私もほんとうに終わるのだもの」
「桜、とてもきれいだわ。
私の家にも桜はあったかしら」
「あった気がする。きっと、あったのね」
「神社は山の中にあったから、町よりも桜が咲くのが少し遅くて」
「その少しの差が私はとても待ち遠しくて……」
「でも、きれいだったわ」
「もともと綺麗だったんだろうし、待った分綺麗だったんだろうともおもうし」
「いとはさんと一緒に見る桜、とてもきれいねえ。
私の神社の桜とは、どこか違う気がするわ」
「桜の品種が違うのかもしれないし、気候とかお手入れの違いもあるのかしら」
「神様の好み、みたいなところもあるのかしらね。
うちの神社のお稲荷様と、御白様とでは桜の好みも違うでしょうし……
神様はお花が好きだものね」
「ウミネコさんは、やさしいわね」
「やさしくて、やさしくて……やさしくて……ずるいわ」
「ずるい? ずるいって何が?」
「ウミネコさんは、いつもどおりだわ」
「ごんにしてくれたのと同じように優しくしてくれたのだもの」
「ここでの私はまだ、ごんではないけれど」
「まだ、ごんではないのに」
「でもきっと、ウミネコさんには、そういうことは関係ないのね」
「それがとてもすてきで」
「だから、ずるいと感じる」
「感じてしまう」
「あなたはどこにいてもウミネコさんなんだもの」
「私は考えている」
「考えている。考えている。考えている」
「考えてしまっている、考えてしまっている、考えてしまっている」
「でも、あまり考えたくない。ほんとうは」
「余計なことを考えずに、侵略を終えるそのときまで戦い続けていたい」
「戦う前はどうしてもいろいろなことを考えてしまったけれど、一度でも戦えるということがわかったら、もう考える必要はない」
「だってそうでしょ」
「焼いて、焼いて、焼いてしまえばいいのだもの」
「でも、もう言葉を交わしてしまった」
「ウミネコさんと、御白様に似たあのひとと、兎乃おねえさんと」
「私はずっと考えている」
「考えるのを止めるのが苦手」
「止め方がわからないっていう方が正確かもしれない」
「布団の中で、私はずっと考えていた」
「意味のあることを。
意味のないことを。
考えて答えの出せることを。
考えても答えの出ないことを」
「ここに来ることで、ひとつの答えは出たけれど、私はまた別のことを考えている」
「兎乃さんとは戦うことはないけれど、ウミネコさんとは。
キャロルさんとは」
「戦えると思ったばかりなのに」
「私だけなら、私の記憶だけなら、迷うことなんてないのに」
「ごんの記憶が。ごんの思い出が、私の決意を」
「いいえ、いいえ。
ごんの思い出がなければ、私は戦えない」
「ウミネコさんや、いとはさんとの思い出があるから。
”ああいう風に私も生きられるのだ”と思えるから」
「でも」
「いとはさんと一緒に見る桜、とてもきれいねえ」
「いとはさんが折り紙を一生懸命折る姿、とてもかわいいわ。
いとはさんの方が私より年上だから、かわいいなんて、言ったら失礼なのかもしれないけれど」
「だって、いとはさんのお話を聞いていると、ええと……なんというのだったかしら。
そう、親近感が湧いてくるのだもの」
「考えることを、止めることができないなら、どうしたらいいのかしら」
「ごんの記憶に、ごんの思い出にだけは負けてはいけない」
「ウミネコさんのことを、いとはさんのことをもっと知りたい」
「知りたいし、仲良くなりたい」
「でも、同情はしてはいけない」
「同情だけはしてはいけない」
「戦いに、慣れなければいけない」