「疲れは取れたはずなのに、どうして体が重いのかしら」
「体の調子は悪くない。むしろ良い方だわ。
でも、どこか体が重い」
「力を使うのに疲れた?」
「そんなことはない、と思う」
「逆に慣れてきた気がするもの」
「あの丸いへんな生き物……生き物?とも戦えたもの」
「気持ちのせいかしら」
「気のせいね、きっと」
「でも、ああ、なんだか喉が渇いたわ」
「水は十分に飲んでいるはずなのに」
「力を振るうごとに、立ちはだかる何かを焼くごとに」
「喉が渇いていく気がする」
「気のせいよね、きっと」
「気のせいだわ」
「ごんならこういうとき、自動販売機にでもいくのかしら」
「あの子、自動販売機すきだものねえ。
よく、桜を見ながらお茶やジュースを飲んでるものね」
「ひよこと遊んだりもしているけど……」
「ああ、喉が渇く」
「暑いわけじゃないのに」
「息を吸う、くらいなら問題がない」
「でも、どこか焼けているような気がする」
「ごんが頭痛のことを調べようとしているわね」
「ごんひとりではどうにもならないはずだけれど……」
「いとはさんにだって、どうしようもないはずだけれど……」
「どうにもならない、のよね?」
「イバラシティにいるごんは、私とは違う。
私そのものじゃない」
「記憶だって、私とはつながらないようになっているはず。
だって、私がごんに私のことを思い出してほしいとは思っていないのだもの」
「いとはさんと話すことで、ごんは自分一人なら思い出すことのない部分に触れそうになっている」
「でも、いとはさんのおかげで、無理に思い出さなくてもいい、とも思ってくれたみたい」
「緊張はしたけれど、でも、いとはさんに感謝しないといけないわね」
「ごんがほんとうに私のことを思い出してほしくないのなら」
「イバラシティにいる『ごん』が、私と同じ顔である必要はなかった」
「そもそも、『ごん』である必要だってなかった」
「ううん、『ごん』である必要は、ある」
「私にとって、一番よく知っている他人は、ごんだったんだもの」
「家族では、だめだった」
「お父さんも、お母さんも、おじいさまもおばあさまも好きだけれど、あのひとたちになりたいわけじゃなかった」
「だってあのひとは、私とつながっているんだもの」
「だから、他人になりたかった。
消えることができないなら、他人になりたかった」
「だから、『ごん』にならなければいけなかった」
「でも、だとしたら、『ごん』が私と同じ顔である必要はない」
「私とまったく関係のない顔で、あのイバラシティで生活していてもよかった」
「たしかに、たしかにね。
ほんとうのごんは、私に化けてくれるって言ったわ」
「私は死んでしまうけれど、私の代わりに、私の姿で、友達を作ってくれるって」
「私の姿で友達を作って、私のことをその友達に話してくれれば、私が死んだ後も、その友達の中に私が生き続けることができるからって」
「ごんの気持ちがうれしかった」
「うれしかったのよ。ほんとうに」
「ほんとうなの」
「うれしかったんだから」
「だから……そのうれしさがあったから、イバラシティにいる『ごん』も、私と同じ姿をしている」
「ほんとうに?」
「……ほんとうよ」
「ほんとうに?」
「……」
「わからない」
「違うのかもしれない」
「こんなに消えたいと思っているのに、その思いは口だけなのかもしれない。
『私』をどこかに残しておきたいと、心のどこかで思っているのかもしれない」
「だとしたら……だとしたら、なんてずるいの、私」
「『ごん』に……あの子に自分のわがままを押し付けているだけだわ」
「いとはさんは、あの子が私のことを思い出せないのは、『守りたいから』とか、『二人だけの秘密にしたいからかもしれない』とか言ってくれたけれど、そんなすてきなものじゃないのかもしれない」
「ああ、神様。
どうか私の心をお読みにならないでください」
「私が、ほんとうに、ほんとうにずるいものであると、確かなものにしないでください」
「私は……」
「……」
「私の考えていることが、あの子に伝わらなくて、ほんとうによかった」
「押し花、私もすきだったわ」
「でも、少し嫌いだった」
「押し花はできあがるまで待たなければいけないから」
「2日、3日、待たなければいけない」
「待っている間に具合が悪くなって寝込んでしまうと、このまま出来上がりを見られずにしんでしまうんじゃないかと思ったから」
「でもね、早く作る方法も知ってたのよ。
電子レンジや、アイロンを使う方法」
「『ごん』には伝わっていないけれど――私がごんの前では言わなかったからだけど」
「アイロンは使わせてもらう機会がなかったけれど、電子レンジくらいは使えたから、それで押し花を作ることもできた」
「電子レンジを使えば、1時間もかからない内にできてしまうのだけれど、それはしなかった」
「兎乃おねえさんと私は似ている。
私もイバラシティでやりなおしたい」
「考えてみれば、私以外のひとがどうして侵略をしたいのかなんて、考えたことがなかった」
「考える余裕もなかった」
「ただ、侵略して、侵略して、侵略することだけを考えていたから」
「余裕ができたのは、いいことなのかしら」
「きっと、よくないことよね」
「侵略することだけ、戦うことだけ考えるのがほんとうはいい」
「だって、余裕ができてどうするの?
侵略するために私はここにいるのに」
「いるはずなのに」
「……」
「兎乃おねえさんと私、どこが違うのかしら」
「ううん、違うのはわかっているの」
「……」
「違うのかしら」
「違う、のよね」
「どこが違うのかしら」
「私は、私を消してしまいたい」
「こんなことを考えている私がいることが許せない」
「兎乃おねえさんは、そうじゃないってことかしら」
「『自分が汚れている』と思っている自分を消してしまいたいとは思わないのかしら」
「だって、そうじゃないと……」
「兎乃おねえさんの話が聞きたいわ」
「どうしてそう思えるようになったのか」
「それがわかれば……」
「いいえ、それがわかったところで……」
「だって……」
「でも……」
「押し花がね、できるまでは待てる気がしていたの」
「できるまでの間に寝込んでしまうことがあっても、今は押し花を作っているから、起き上がれたそのときには、押し花がちょうどできているんだと思えた」
「そういえば、最後のあのとき、私は押し花を作っていたのだったかしら」
「押し花……」
「作っていたような気もするし、作る元気もなかったような気もする」
「ごんは、旅に出る前に、私の部屋を見ていったかしら」
「私の部屋、今はどうなっているかしら」
「本と、折り紙と、あやとりと、びぃだまと、押し花と……」
「もう、何もなくなっているかしら」
「私がしんでしまってから、どれくらいの時間が経ったのかしら」
「押し花ができるくらいの時間は経ったのかしら」
「二人で作る押し花、楽しそうね」
「押し花で飾られた栞」
「あなたが初めて作るその栞、最初に挟まれるのはどんな本かしら」