渡辺慧の場合 2/2
「君がそうしたいんならそうすれば? ただ、今一つ分からないんだけど……、君、別にその役割に俺を宛がう必要はないだろ。自分で出来るんだろ、君は。なぁ、……なんで俺を」
余計な文言が混じる。こんなこと言うつもりはなかった。言う必要もなかった。
何かが変わり始めている。厭な予感だ。
「では。『そうしたい』ので、『そうします』ね。……きみは独り立ちができねー性質でしょうから。これはヤエのお節介です。でも、ヤエは『そうしたい』ですので。……では渡辺慧。あーんしてください。ヤエに」
「……わかった、わかったから。俺の負けだよ、勘弁してくれよ。自由でいさせてくれよ、これで勝手に心が離れてくれよ、どんだけ自我が強いんだ、馬鹿かよ。例え俺が『そう』すればって言ったって、『そう』見ない事ぐらい分かってんだろ。何がお節介だよ」
“だって”この女はこうでも言わなければ、こう言ったところで、“本当に”やる。
どうしてそれを知ってしまった。知らないままでよかったのだ。
「嫌だって、ちゃんと言えんじゃねーですか。きみのほうこそどれだけ強情なんですか。……わかってるなら、はじめから。全て『こう』しておけばよかったんですよ。……アドバイスじゃあねーですけども。嫌なことは、嫌だと言わねかったら損しますよ。要らないことに巻き込んで、きみの足を引っ張ることでしょう。それを、『別に構わない』みたいな顔してたら……そのうち、もっと悪いことに足をとられます。きみは、ちっともそれがわかってねんですよ」
「『それ』でいいつもりだよ。それでいいつもり……だったんだけどな。いや、そうだよ。……『それ』が崩れるより、悪い事なんかない。俺が崩れてしまうより、悪い事なんかない。……なんか食うか?」
「コーラおかわりあります? 口の中ベッタベタなんですよね。……正直になった気分はどうです? ヤエは、たいそう気分がいいですけど」
「……厭な問いだな。どう答えたって、最悪だ。厭な奴だ、君はさ。……ちょっと待ってて。お茶位しかないと思うけど」
疲弊から、撫で下がった肩を揺らし、台所へ歩く。お湯はわかしてある。急須だってある。
ないのは、今、これを打破できる言葉だ。一方的に、背中からかけられるこえを、中空に放る術を今や失っている。精一杯の抵抗として、顔を向ける事はしない。
「お茶でもいいですよ。何だってヤエは構いません。そう、最悪ならよかったじゃねーですか。厭な奴だと言われても、ヤエにはきみが必要だったのですから。きみにはヤエは必要ねかったみてーですけどね」
「一方的に話させるだけ話させて、そして、俺もそれでいい。その上でこうするなら……、いや。君は『話せる』のか。……最悪だ。その必要ってのが、誰かの代わりじゃねえ事を祈りでもしてあげるよ。どっちでもいいけどさ。なんでもいいさ。どうでもいい」
「話せますよ。話せたうえで、ヤエはこうしているだけです。だから、渡辺慧が『望むのであれば』、ヤエはなんだって話してあげましょう。……きみのその『どうでもいい』、とっくに意味がないこと、ご存知なんでしょう?」
「るさい。厭な奴のままでいればいい。……なんだって君みたいのが態々此処に来たんだろうな。……ほんと。最悪だ……」
己は、誰の元にも所属しない。社会性のままに、そのまま朽ちるのだとしても、“そうしたい”からそうしている。
他人からどう見られようとも、それだけが自分が出来る、……防衛だったはずだ。
“本当に?”
聞こえた女の声に、脳裏でうるさいとかみ砕いた。
「残念でした。……きみが、最初から素直でしたら。こんな女に目をつけられることも、なかったでしょうにね」
本当に。
この女は……“厭な奴だ。”