【番外編 ある上位世界のコウキ記者】
#(この章はハザマ内日記ではなく別世界のコウキに関する三人称視点である)
何処かの世界、異能者や侵略者はいないがイバラシティによく似た街、茨木。
ニッポン国の茨木県(茨『城』ではない)には多くのビルが建ち並んでいる。
その中の一つ、御鏡出版の茨木支店では今日も大勢の記者がキーボードを叩く音が響き渡る。
そこには同僚からも「いつ睡眠を取っているのか分からない」と評されるコウキ記者もいる。
『真実の光を当てて世界を照らす』を座右の銘に政治家の汚職や外国の紛争地域の記事などで有名だが
非現実世界の極みであるゲーム攻略分野にも手を出すという噂は世間の読者達を驚かせた。
ゲームといっても、いわゆるマリオやインベーダーのような一人用のビデオゲームではない。
「騒乱☆イバラシティ†」という最新技術を試験導入したバーチャルリアリティの多人数参加型ゲームである。
世界初のバーチャルリアリティによる圧倒的な臨場感、それゆえに料金はかなり高額となるのだが
世界中のプレイヤーによる大勢のオリジナルキャラクターが一つの街に暮らして波瀾万丈な日々を送り
そして不思議な『異能』を持っているという世界観は熱狂的なファンを生み出した。
いずれは一冊の本に纏められ各種のゲーム攻略本の棚に並ぶであろう「攻略本イバラマニア」だが
週刊雑誌に毎回数ページずつコーナーを設けて、そこで最新の攻略情報やコラムを連載する異色の形式。
その担当には若き瞬英、コウキ記者に白羽の矢が立った。
ある有名なMMORPGでゲーム内でのトラブルを発端に現実の犯罪事件が起きたのは人々の記憶に新しい。
プレイヤーとして潜入してルポライト的な社会派記事を書くのか?と考えた事情通も多かったのだが
少なくとも今までの「攻略本イバラマニア」にはまじめにゲームそのものを攻略する記事が並んでいる。
「騒乱☆イバラシティ†」を楽しむ大勢のプレイヤーと彼等が操るキャラクター達で仮想世界は今日も賑わう。
寝食を忘れるほどにハマり一日中入り浸るヘビーユーザーを指す「ナレハテ」という語が流行語になるほどだ。
…その中には外国の大規模ハッカー集団「アンジニティーズ」のメンバーも紛れて暗躍しているという噂もある。
【第六話 人数的には有利だが…】
『Cross+Rose』の識別機能によると今《ハザマ》にいるアンジニティ陣営はイバラシティ陣営の約半分のようだ。
全員が攻撃に参加し単位時間毎に全員が同じ回数攻撃する前提でランチェスターの戦略理論に当てはめれば
個々の戦力に差が無ければ団体戦におけるその戦闘力比は人数比の2乗に相当する。
そもそも一人あたりの力に極端な差が無い限り常識的に考えて人数が多い方が有利なのは言うまでも無い。
しかし相手を全滅させる総力戦ではなく『影響力』なるものを競うルールでは人数が多い=有利とも限らない。
一騎打ちやそれに近い状態(最大4人での少人数チーム戦)での勝敗の累積によって影響力を稼ぐといいのは
戦力の逐次投入の強制、大人数側が有利になり過ぎないようにしたルールと言っても過言では無いのだ。
そして単純に加算した合計では無く《高い影響力の者はその影響力以上に世界影響力を増加させる》という。
侵略能力『ワールドスワップ』によってこの《ハザマ》世界を作り団体戦を仕掛けたのはアンジニティ側だと言うが、
侵略の為に集められる兵隊の数の少なさを補うためにこのようなルールを設定したならばこれは侮れない。
ことは世界を賭けた『侵略』だ。やるからには勝ち目がある、そうでなければ勝てる状況を作ってから開戦する、
そのためには盤外戦術も何でも有りであるというアンジニティ側のしたたかな意志が感じられる。
アンジニティ側の首領による侵略能力『ワールドスワップ』にも何らかの制約はあると思われる。
最低限、その影響力を巡るルールでこちらが勝った場合にはアンジニティ側もその結果を反故にできない。
制約の代償としての効力の強さと考えると、もしも団体戦の結果としてイバラシティ側が防衛成功した場合には
おそらくアンジニティ側は侵略能力の再使用によるリターンマッチを挑む事も出来ないのではなかろうか。
当面は1~4人でのチーム戦の繰り返しで影響力を競うというルール通りに進行するのが良いだろう。
それは、このやり方でも我々は決して負ける気は無いという意思表示でもある。
もっとも、スポーツでは無いのだからルールなど無視して爆弾でも何でも使えばどうか?と思う者もいるだろうが
《ハザマ》チナミ区一帯やそれ以上の広範囲を一掃する大規模攻撃の兵器や魔法、これらは確認されていない。
『Cross+Rose』上での自己申告によると神や魔王などやたら大仰な存在を自称している者もいるようだが
二時間も経っているのに「神が天罰的な広範囲攻撃で敵軍勢を粉砕した」なんて展開にはなっていないのだ。
彼等も一般的な『異能』の範疇を超える能力は無いか、もしくは大仰な自称自体ハッタリと考えるのが妥当だろうか。
或いは、私の友人の一人に一種のロマンチズムから異能ではなく魔法という語句や概念にロマンを感じるあまり
自ら大魔導師を名乗っている男がいるのだが、彼と同じ理由で遂には神を名乗るに至った破天荒な人間かもしれない。
イバラシティ側は基本的にイバラシティの住人:異能を持つ「人間」が『侵略能力』に巻き込まれているのだが
(アンジニティとは無関係な亜人や妖怪、自称・神などやたらに多い『例外』の参戦についてはきりがないのでひとまず考えない事にする)
さて、アンジニティ側の構成や内情については「侵略者」というざっくりした言葉だけで詳細は判らない。
侵略をするか/侵略を止めるかの大きなサイド分けで侵略をする側のアンジニティ側になっている以上は
広い意味で侵略に賛同・加担している(少なくとも阻止する側に立つ気は無い)のは間違いないのだろうが
動向を見る限りでは絶対権力者の王や将軍に率いられ統一された軍隊のようなイメージは無い。
こちらもなし崩し的に、侵略賛成派の中からランダムで選出された寄せ集めの集団のような印象がある。
サイド変更を認めない『侵略能力』の「団体戦」ルールが無ければ気分次第で裏切り者が出そうなほどに。
…そもそも結末は団体戦の最終的な勝敗によって侵略に成功する/防衛に成功するの2つしか無いのだろうか?
あいこや持将棋のように大抵の競技が「引き分け」について何らかのルールを定義している事を忘れてはいけない。
イバラシティの人々に迷惑をかけずに平和的に移住するのであれば受け入れる余地はあるが
本来の住人を消して自分達の物にする『侵略』という手段を取る連中を容認するわけにはいかない。
いかなる大義を掲げようが戦争に【正義】なんてものは無いのだが、一つだけ例外がある。それは防衛戦。
その地に生まれ暮らして日常生活を送り、そして侵略者の襲撃を今にも受けようとする人々を背中に守っての戦い。
これは我々の世界を守る防衛戦。負けたら全てが失われる、ゆえに勝たなければならない戦いである。
【第七話 練習試合と呪い】
高校生チームとこちらの各4人で4対4の練習試合を行った。
銃には実弾では無いが、代わりに血のように真赤なペイント弾を用いた。もし実戦なら一度『死んだ』と示すために。
荒療治だが時間が無い。彼等にも自分達にも等しく実戦は迫っており侵略者や《ハザマ》の怪物は待ってくれないのだ。
はたして高校生チームの実力は個々の異能の力もチームワークも想像以上だった。
事前に合意したルール上では引き分けだが事実上は彼等の勝ちだと言っても差支えないほどである。
練習試合の後は異能戦に関するちょっとした講習を行い、最後に一人一人の今後の無事を祈って別れた。
その際にタマキさんが練習試合の最中にばら撒きそのへんに散らばっていた針を片づけたのだが
針が刺さったら危ないというだけでなく…その針から何とも嫌な感じがしたので安全の為に専用の霊装を用いたところ
霊障全般に強い抵抗力のある特別な手袋越しにさえ触れた瞬間に呪いにも似た人体に害をなす力を感じた。
咄嗟に浄化の術を行ったが、指先が灰色に変色して質感も少しざらざらした白手袋がその呪いの一端を伝えている。
職業柄こういう呪いや霊障に耐性の有る自分でなければこの程度では済まなかっただろう。
先の練習試合においてタマキさんがあの高校生チームの少年少女をこんな形で呪う理由が無い。
これはきっと本人にも制御できない異能。もしそうであれば自分自身の身を滅ぼすケースも多い。
近いうちに一度彼女と話をしておくべきかもしれない。事は人命に関わる可能性がある。
【第八話 異能有りきで創られた世界】
この《ハザマ》世界では現実世界に比べて異能の効力が全般的に強いようだ。
例えば水神や水の精霊の力を借りる術なら陸地でやるより水の中が最適のようなブーストは有るけれど
これはそういうブーストではなく、むしろ本来の抑圧が外れているのに近い。
その証拠に、現実世界にある神殿や土地に由来するような術の効力まで下がるどころか上がっている。
本来の世界では有り得ざる力として世界自体の修正力によって抑圧されているあらゆる異能全般が
最初から異能有りきで創られたこの《ハザマ》世界では十全に力を発揮できるという感じだろうね。
これは炎や電撃を撃ち出すような攻撃的な異能に限ったことではない。
私の霊能力の一つ霊気治療《ヒーリング》は霊気の流れを整えて治癒力を喚起して傷の治りを早める技術で
本来は救急車を呼ぶほどの重傷者を即座に治すほどの即効性や不死身のごとき再生能力は無いのだが
この《ハザマ》世界ではまるでコンピュータゲームの回復魔法のように一瞬で傷を治す事が出来るようだ。
…そして勿論、アンジニティの侵略者達もタガの外れたその力を十全に発揮していることだろう。
『Cross+Rose』の管理人──妖精を自称するノウレットなる人物がコンタクトを取ってきた。
カンガルーをモチーフにしたような奇妙な格好は本物の映像か、それとも『Cross+Rose』上でのアバターだろうか。
要件は闘技大会の告知。ノウレットのお気楽な口ぶりではその場のノリや思い付きだけという可能性もあるが
そもそも《ハザマ》世界の機能はアンジニティ側が『侵略能力』で創ったもの、という前提に照らして考えると
娯楽と言いつつそのイベント内容が一か所に集まって戦うであろう闘技大会とはなんとも出来過ぎている。
この《ハザマ》世界に居る今、ここ最近のイバラシティの日常の記憶はある。自分の記憶を識(し)っている。
最近新しく見つけた飲食店で贅沢にリブステーキを食べてその日持っていた財布が空になってしまった事も
超魔法研究所という看板を掲げた民家の庭の縁側で自分は大魔導師だという愉快な男と魔術談義をした事も
3月中頃に近所のライブハウスに行ったとき最初に飲んだのがジントニックだった事さえ鮮明に覚えている。
更に言えば《ハザマ》外にいる時の日常生活においては《ハザマ》内の──こちら側の記憶が全く無いという事も。
まるであちらの自分からこちらの自分へ一方通行のように記憶情報だけが流れ込んできたように。
さて【イバラシティであってイバラシティでない場所】と思われるここは《ハザマ》世界のチナミ区にあたる。
チナミ区といえば本来の世界では御鏡神社もある地区だ。
現実世界と《ハザマ》世界では同じ座標でも建造物も地形も全然違うので神社そのものがあるとは思えないが
本来の世界で御鏡神社のある座標はこちらではどうなっているのか、一度様子を見に行っておこう。