【第三話 アンジニティと《ハザマ》世界】
「アンジニティ博物記」という本を読んだ事がある。
筆者がアンジニティの真実を伝える記録という体裁だが、それはあまりに非科学的で物的証拠も無く、
誰もそれを本当の事とは信じず、今では学術書では無く空想旅行記に分類されるアンジニティ博物記。
書店や図書館ではガリヴァー旅行記やロビンソン・クルーソー等と同じ棚に並んでいる事だろう。
世界の掟に触れた咎人が最後に行きつく否定の国。無法者の流刑地たる追放先の世界。永遠の次元牢獄。
荒廃した環境。閉ざされた場所。「アンジニティ博物記」に描写されたアンジニティはそんなイメージだった。
それなら筆者はいかなる咎でアンジニティに入りどうやってアンジニティから出てきたのかと訝しんだもんだ。
咎人の世界アンジニティ。それは世界各地の昔話の中だけに在るニライカナイやニブルヘイムのような、
或いは躍動の世界セルフォリーフや世界の過去全てを記憶するという言の葉の大樹のようなおとぎ話の産物。
日常生活の中で、アンジニティなんてものが実在すると本気で信じている大人は誰もいないだろう。
しかし……。
怪しい雰囲気を漂わせる男『榊』は語る。
・何者かの『侵略能力』により、イバラシティのある世界はアンジニティという別世界からの侵略対象になった。
・既にアンジニティの住人はイバラシティに紛れこんでおり、アンジニティによる侵略が成功したらそれ以降は
アンジニティの住人はこの世界の住人となり、この世界の住人はアンジニティの住人となる。
・ここは《ハザマ》世界。イバラシティでもアンジニティでもない、アンジニティの侵略に端を発する戦いの世界。
・《ハザマ》世界での記憶やここで得た物品をイバラシティのある元の世界に持ち出す事は出来ない。
この榊という男はどこまで信用できるのか、敢えて伏せている情報がまだ他にあるのか、等は判らないが
《ハザマ》世界の戦いやアンジニティによる侵略の話自体が嘘では無い事はここにいる今の私には判る。
アンジニティの者はイバラシティでは本来の姿と記憶を封じており諜報や暗殺が目的という訳でもないのに
本拠地であるアンジニティではなくわざわざイバラシティの人間に紛れこんで日常生活を送る理由は不明だが
侵略者の首領の『侵略能力』自体に何らかの制約や条件が有るのかもしれない。
我々の住む現実(?)世界と侵略者のアンジニティ世界、その狭間にある《ハザマ》世界。
いかなる理由でかは判らないが《ハザマ》世界での戦いは1時間=60分が一区切りのようだ。
《ハザマ》世界に来て60分の滞在時間を終えるとイバラシティに戻る、という流れを何度も繰り返すようだが
問題は、《ハザマ》世界での記憶や物品をイバラシティに持ち出す事は出来ないという点だ。
ここでアンジニティの侵略者が誰かを知ってもイバラシティに戻ったらその記憶は消えているだろう。
《ハザマ》世界での出来事について『護国機関』に救援要請どころか手書きのメモを残すことすらできない。
そもそも異なる世界をテレポートのような形で物理的に出入りしているとも限らない。
神道においては元が一つだった魂を「分霊」のような形で多数に分割する事も可能と考えられている。
現実世界とはレイヤーを一つ隔てたような【イバラシティであってイバラシティでない場所】である《ハザマ》世界に
二重存在のような形でこちらの私/あちらの私が同時進行的に存在している形も有り得るのだから。
【第四話 私が守りたかったもの】
イバラシティで暮らしている住人達、そのうちの何割かはアンジニティから侵略の為にやってきた先兵であり
この《ハザマ》世界では本来の立場を思い出すそうだ。
しかしイバラシティにおいてはアンジニティの記憶を持たずに、この奇妙な二重生活を送る事になるという。
ある意味では彼等/彼女等もまた悲しき運命の被害者なのかもしれない。
ここ《ハザマ》世界では『Cross+Rose』という謎のシステムを使う事が出来る。
コンピュータのようだが機械を介さない、使おうと意識するとそこに在るという有り様。
おそらく戦いの参加者全員が使える物でそれゆえに特別な技術を要さず直感的に操作できるようだ。
周辺の地図や何処に敵が/味方がいるかが表示され、私自身もイバラシティ側を表す記号で表示されている。
電話等と違って若干のタイムラグはあるようだがどうやら通信機能も備えているようだ。
共闘を約束していた仲間の位置を『Cross+Rose』で検索し、ちょうど中間地点にあたる合流場所を指定する。
誰がこのような物を用意したのかは判らないがこの戦いには第三者的な立場による介入が不自然に多い。
全員が突然未知の場所に放りこまれるという状況では飛行等の特定の異能を持つ者が有利すぎる事になり得るが
榊が『中立』と評価したタクシードライバーが移動を助けるのと同様に、この『Cross+Rose』というシステムも
潜伏系や情報系の異能を持った者が一人勝ちしない「フェアな」戦いの為の機能かもしれない。
『Cross+Rose』を通して通信が届く。この警告音は…アンジニティ!
#(そして青年は近所の『飴屋さん』のはずだった女性からの通信を受け取り苦しげな表情で天を仰ぐ。
#おそらく《ハザマ》の空に浮かぶ光源は我々の知る太陽では無いのだろう)
…
……なんと、いうことだ。
チトセさんか…はは…これは困ったな。
私が守りたかった世界は彼女を含むみんなが平和に生きていく日常、だったんだけどな…。
御鏡神社にも飴を納品している近所の飴屋『ミラクルドロップス』の女性店主、千歳佐久間さん。
彼女もアンジニティ側の存在だった。
それが冗談や何かの間違いでは無い証拠に『Cross+Rose』の識別機能もそれを肯定していた。
私に君を撃たせるな!と叫びたい。今は安全装置をかけている銃の重さが増した気さえする。
しかし萎えそうになる心を、崩れそうになる足をこらえて、私は通信を返し──彼女に宣言した。
「…それでも私は降りないよ。異界の脅威に対して神職者が逃げたら誰が戦うのか。
たとえ君と戦う事になっても、この地を──そして在るべき日常を守る『護国機関』の人間として、
決して退けない理由がある。」
私が非公開団体『護国機関』の名を出したのはこの瞬間既に彼女は一般人ではなく事件の当事者である故に。
当事者…『護国機関』の人間とその協力者を除けば意味するはただ一つ【戦う相手】という事である。
そしてこの《ハザマ》世界での戦いが侵略の成否を意味するからには侵略者は発見次第倒すしかない。
榊が言うには「ざっくりと戦闘不能を目指せば良い」ので命までは取らなくても良さそうなのが唯一の救いか。
予め侵食された《日常》と、そしてこれから侵略される《世界》と。
はたして私が守りたかったものはどちらだったのだろうか。
【第■話 ■護国機関の■と■■】
#(この章はコウキの日記ではなく用語説明である)
#公安警察がテロ組織に対抗するように、異能犯罪や怨霊が実在する世界にはそれに対抗する機関がある。
#異常を日々警戒し超常的な脅威から市民を守る使命感を持った真面目な好青年というのが我らが『コウキ』像だが
#読者諸兄が『護国機関』とその構成員に対してもっと別の闇深い物を想像してもそれは各読者の自由である。
~~謎多き非公開団体『護国機関』について~~
・一般人は『護国機関』の名称や存在すら知らない
基本的には政治家や警察官など極一部の人間に限り護国機関について知る機会が有る。
(例外として情報収集系の異能があればイレギュラーな方法で知り得るかもしれない。)
・護国機関についての詳細情報は守秘義務が有り、関係者以外が何らかの方法で知ったとしても不用意に公言すると捕まる可能性がある。
・(詳細は不明だが少なくとも建前上は)ミカド直属の組織である。
・非公開団体であるが、いわゆる悪の秘密結社や犯罪集団とは異なる。隠密行動や秘術の隠匿など様々な都合から非公開団体となっているがむしろ正義側、秩序維持の側に立っている組織である。
・予算の使い道については非公開であるが国の税金で運営されている。
・護国機関独自の判断で危険度が高い悪人の殺傷も可能など、分野によっては警察以上の権限がある。
・歴史の陰で人知れず魔のものどもから霊的に国家と土地を守ってきた。
現代でも妖魔や怨霊など人ならざるものによるトラブルを人知れず解決したり、表の法律では裁けない呪殺や魔術犯罪を取り締まる事もある。
#《ハザマ》世界で得た記憶がイバラシティの日常に持ち込めない事をコウキ自身が今以上に強く確信する事で
#もし必要があれば《ハザマ》世界内ではコウキがこれらについて誰かに話す可能性もあるだろう。
【第五話 団体戦】
『Cross+Rose』上でやり取りされた情報によるとアンジニティ側のリーダーはエディアン・カグと名乗る
プラチナブロンドヘアに紫の瞳の見目麗しい麗しい女性だという(真の姿が別にあるのかは不明)。
侵略能力『ワールドスワップ』によってこの《ハザマ》世界を創った、と言っているそうだ。
それが本当だとすればとんでもなく強力な、創世レベルの異能である。
この《ハザマ》世界での戦いはいわば二つの世界の代表達による団体戦。その為の闘技場が《ハザマ》世界。
陣営は初めて《ハザマ》世界に来た時に不思議な力(おそらく『ワールドスワップ』の効果の一つ)で固定される。
不利になったから、相手陣営の友人に勧誘されたから、等の理由での陣営移籍は有り得ないというルールだ。
極少数ながらイバラシティ出身の人間でありながらアンジニティ側に味方する者やその逆も居るようだが
『Cross+Rose』の識別機能では出身ではなく《ハザマ》世界の戦いでの陣営で色分けされているようだ。
コウキ
イバラシティ陣営。
破魔や浄霊などを得意とする神道系の霊能者。
表向きの職業は御鏡神社の神主だが、それと同時に
ミカド直属の組織『護国機関』の構成員である。
ここは『Cross+Rose』上ではチナミ区となっている。イバラシティのチナミ区とは全然違うが、偶然ではあるまい。
四次元的にレイヤーを一つ隔てたような【イバラシティであってイバラシティでない場所】かもしれない。
・遭遇戦
合流場所にて仲間との合流を果たしたが、アンジニティでは無い《ハザマ》世界固有の存在の襲来を受ける。
イバラシティの住人だけでなくアンジニティからの侵略者達もこれらの襲撃を受けているようだ。
前回のナレハテと同様、ただ無差別に襲いかかる、どちらの陣営にも属さない在野の怪物。
もちろん降りかかる火の粉は払わなければならない。
・練習試合
合流場所には自分達の他に、イバラシティの高校生4人によるチームがいた。
先が楽しみなほどの異能の素質を持っている子達だが、おそらく霊的戦闘の経験は無いだろう。
もしもイバラシティ侵略を企むアンジニティ勢力に捕まったら取り返しの付かない事態になるかもしれない。
その前に実戦形式で指南し、この短期間でも潜在能力を出来る限り引き出してやりたいものだ。